環境電子顕微鏡により触媒酸化反応の直接観察に成功
~排ガス内粒状物質の分解メカニズム解明へ前進~
2018年2月20日
I【概要】
1 現状
ディーゼルエンジンの排気システムには、粒状物質(PM注1)を捕集するディーゼルパーティキュレートフィルター(DPF注2)が装備されています。フィルターに捕集されたPMは定期的、もしくは連続的に燃やされて二酸化炭素ガスなどに分解されますが、それを効率良く行うために開発されたのが『触媒担持型のフィルター(CDPF注3)』です。PM分解効率は実質上の燃費に直結するため、省エネ化の観点からは更なる触媒の高性能化が求められています。そのためには反応メカニズムの理解が重要ですが、現状では十分な知見が得られているとは言えません。特に、触媒粒子は光学顕微鏡では観察できないほど小さいため、電子顕微鏡による観察が有効と考えられますが、通常の電子顕微鏡では試料が真空におかれるため、ガスが試料の周りに存在する環境で触媒反応を直接観察することは不可能でした。
2 本研究の成果
この度、JFCC、名古屋大学、(株)日立ハイテクノロジーズにより共同研究を行い、ガス環境での観察が可能な環境電子顕微鏡(E-STEM注4)という特殊な装置により、PM分解モデル反応の直接観察に成功しました。今回はPMを模擬したカーボンナノチューブ(CNT)に直接白金触媒をのせるといったシンプルなモデルを用いることで、侵食方向に関する興味深い現象までもが見いだされました。10万分の1気圧という希薄な酸素環境下では表面層がそがれるようにCNTが浸食されますが、わずかながらに酸素が増加(10万分の4気圧)すると触媒粒子はCNT内部にむかって浸食していくことがわかりました。
3 今後の展開
本成果の解析結果を基に、これまでの研究では明らかとなっていないPM触媒酸化メカニズムについて研究を進めていく予定です。詳細な理解が進むことにより、より高効率な触媒設計が可能となり、よりクリーンなディーゼルエンジンの実現が期待されます。
本成果は2018年2月1日にWiley VCH「ChemCatChem」電子版で公開されました。
本研究は、JFCC先端技術育成研究として実施した結果から得られた成果です。
用語説明
注1) 粒状物質(PM)
ディーゼル排気ガス中には炭素を主とした微粒子成分が含まれており、それが大気に放出された場合、人体への悪影響が懸念される。そのためPM低減はディーゼルエンジンにとって大きな課題となっている。
注2) ディーゼルパーティキュレートフィルター(DPF)
ディーゼルエンジンの排ガス中のPMを捕集する目的で設計された多孔製セラミックスフィルター。炭化ケイ素やコージェライトでできており、今日の製品においては排ガス中のPMを90%以上で捕集することが可能となっている。フィルターの目詰まりを防ぐため、捕集したPMの定期的、もしくは連続的な酸化分解(燃焼)が必要となる。
注3) 触媒担持型ディーゼルパーティキュレートフィルター(CDPF)
DPFの表面に酸化触媒を付加したもの。DPF の再生過程において触媒が機能して、より低エネルギーで捕集したPMの酸化分解が行なわれることが期待される。
注4) 環境電子顕微鏡(E-STEM)
観察試料近傍にガス環境を形成して、ガス中での反応や構造の観察が可能となる電子顕微鏡。環境電子顕微鏡では特殊な機構により試料の近傍のみにガス環境を形成している。その1つとしては試料にガスを吹付け、その外側ではいくつものポンプで真空を保持する差動排気方式がある。今回用いた観察装置では試料表面形態の観察が可能な二次電子検出器が装備されており、透過像では把握することができない立体的な試料の構造情報も得ることができる。
II【本研究の詳細】
1 現状と課題
ディーゼルエンジンの排ガス中の粒状物質(PM)を捕集するためのディーゼルパーティキュレートフィルター(DPF)は既に高い捕集効率を実現しており、排ガスの清浄化に大きな役割を果たしています。しかし、捕集したPMはいずれフィルターを目詰まりさせてしまうことから、フィルターから取り除く機能が必要となります。PMは炭素を主成分とするため、単純には燃やして炭酸ガス(二酸化炭素)として大気に放出すれば良いのですが、そのためには加熱が必要となります。そのような付加的なエネルギーは実質上の燃費低下に繋がるため、それを効率良く行えるように設計・開発されたのが『触媒担持型フィルター(CDPF)』です。CDPFではフィルター表面の触媒によってPMを効率よく分解しますが、更なる省エネ化にはより高効率での触媒設計が必要となっています。そうした触媒設計においては反応メカニズムの十分な理解が重要ですが、PMの触媒酸化反応のメカニズムには未だに明らかとなっていない点が多く存在します。特に、触媒粒子は電子顕微鏡でしか観察できないほどの大きさであるため、触媒との接触度合いが分解効率にどう影響するかは明らかとなっていません。一方で、通常の電子顕微鏡観察では試料が真空の中におかれるため、ガス環境中での触媒反応は直接観察が不可能となっていました。
2 研究手法
今回、触媒酸化メカニズム解明の目的から、非常に単純なモデルサンプルを作製し、その触媒挙動を直接観察によって解析しました。PMを模擬した炭素材料としてカーボンナノチューブ(CNT)を用い、そこへ触媒となる白金微粒子を直接のせることでCDPF上の反応を再現しました。今回のモデルはPMと触媒粒子が一定の度合いで接触した場合の挙動に対応しています。観察には環境電子顕微鏡と呼ばれる特殊な電子顕微鏡を用いて、ナノスケールでの立体構造変化を動画として観察しました。サンプルを電子顕微鏡内の真空で400°Cまで加熱した後、酸素ガスを導入するといった条件で触媒分解反応を行っています。
3 研究成果
触媒挙動の動的観察の結果、白金触媒の酸化浸食方向が酸素の圧力に応じて変化する様子を今回初めてとらえられました。侵食方向は通常の透過像から把握することはできませんが、二次電子検出器注5といった特別な装置構成により、表面形態を同時に観察することで侵食方向の変化を捉えることが可能となりました。侵食過程において、10万分の1気圧を下回るような希薄な酸素環境中では白金粒子はCNT表面を移動して層をはぐように浸食しますが、圧力が10万分の4気圧程度まで上昇すると白金触媒は沈み込んでCNT内部を浸食するようになります。図4は浸食過程を静止画として抜き出したものを示しています。
今回明らかとなった炭素材料の浸食方向における変化は、触媒粒子表面に吸着した活性酸素の供給先の変化によるものと推測されます。
4 今後の展開
今回、解析を行なったモデルは非常に単純化した材料であり、実際のCDPFでの挙動を直ちに説明できるにはいったておりません。しかし、こうした基礎的知見を積み重ねて、段階的に実際の材料に近づけていくことが必要であり、それにより詳細な触媒機能発現のメカニズムを理解することが可能となります。我々は、CDPF設計の指針となるメカニズム解明を目的として、より複雑なモデルサンプルをターゲットとした解析を継続して行っていきます。
用語説明
注5) 二次電子検出器
電子線が当たって試料の表面から発生する二次電子を検出するための検出器。二次電子の強度は試料の表面形状に強く依存しているため、それを利用して試料の表面形状を観察することが可能となる。