金属電極/固体電解質界面に形成されるイオンの空間電荷層の観察に世界で初めて成功!
2019年5月14日
I【本成果の概要】
一般財団法人ファインセラミックスセンター(以下、JFCC)と国立大学法人名古屋大学(以下、名古屋大学)は、電子線ホログラフィー※1と位置分解電子エネルギー損失分光法※2を用いて、金属電極/リチウム(Li)イオン伝導性固体電解質※3の境界面で形成されるイオンの空間電荷層※4(Ionic Space Charge Layer)を世界で初めて観察することに成功しました。
Liイオン伝導性固体電解質(以下、固体電解質)は、全固体Liイオン電池※5の電解質※6として必須となる材料です。全固体電池内部の電気化学反応は、電極と固体電解質の境界面(以下、界面)のナノメートル領域で起こっており、界面の電気的特性を正しく評価し、それを制御することが全固体電池の性能向上のために極めて重要です。2つの異なる物質が接するとその接合界面に電荷が滞留する層(「空間電荷層」)が形成されます(図1)。この空間電荷層は、界面を通過する電子やイオンの流れに影響を及ぼすため、電子デバイスや電池の特性を決定づける要因のひとつです。しかしながら、イオンの空間電荷層をナノスケールで直接観察した例はなく、その空間分布の詳細は不明でした。
そこで、本研究では、JFCCが独自に改良してきた高精度高分解能電子線ホログラフィー技術と位置分解電子エネルギー損失分光技術および、昨年、研究グループが新しく共同開発した電子顕微鏡用試料作製技術(Nano-Shield※7技術)を組み合わせることにより、金属電極(Cu)/固体電解質のモデル界面に形成されたイオンの空間電荷層を世界で初めて可視化することに成功しました(図1(b)に模式図を、図4、図5に実験データを示す)。その結果、Liイオン(正電荷)が電極と固体電解質の界面に沿って約10 nmの厚さで滞留しており、それにともない電位分布が急峻に(電位差:1.3 V)変化していることが観察できました。
この直接的かつ定量的な観察により、界面における固体イオニクス※8の学理構築に繋がります。それを元に全固体電池の高効率化、長寿命化に向けた界面の設計や制御が可能となり、電池の研究開発に拍車がかかるものと期待できます。また、今回開発した観察技術は、Liイオン伝導性固体電解質だけでなく、その他のイオン(ナトリウムイオン、フッ素イオン、水素イオン(プロトンまたはヒドリド)、酸素イオン)が伝導する固体電解質にも応用展開でき、全固体電池だけでなく固体酸化物型燃料電池※9、各種の酸素センサーや電気化学素子など、高性能な固体イオニクスデバイス全般の研究・開発に大きく寄与することが期待されます。
用語説明
※1 電子線ホログラフィー
ナノメートル領域の電位分布や磁束分布を定量的に観察できる透過型電子顕微鏡技術のひとつ。電子の波の性質を利用した干渉計測法であり、試料内部の電場、磁場により変調された電子波(物体波)と真空部分をそのまま通過した電子波(参照波)を干渉させ、その干渉パターンから画像解析を経て、電位分布または磁束分布を画像化することができる。
※2 位置分解電子エネルギー損失分光法
電子顕微鏡内で加速された入射電子が試料を透過する際、元素の種類や試料中の原子の配列によって電子のエネルギー損失が異なる。そのエネルギー損失の分布(電子エネルギー損失スペクトル)を用いて、元素の種類や試料の電子状態を計測する方法を「電子エネルギー損失分光法」と呼ぶ。試料の異なる位置から電子エネルギー損失スペクトルを取得し、元素の分布や電子状態の空間的な分布を得る方法を「位置分解電子エネルギー損失分光法」と呼ぶ。リチウムのような軽元素を検出するのに有効な観察技術である。
※3 Liイオン伝導性固体電解質
Liイオンのみが移動できる固体の材料(本研究では、セラミックスを使用)。全固体Liイオン電池の正極と負極の間に挿入することで蓄電池として動作し、全固体電池に必要不可欠な材料である。
※4 空間電荷層
異種材料の界面や粒界などで局所的に正電荷または負電荷が溜まった領域のことを言う。
※5 全固体Liイオン電池
Liイオン電池は、正極と負極の間をリチウム(Li)が移動することで充放電を行う。電解質に固体材料をもちいたLiイオン電池は「全固体Liイオン電池」と呼ばれる。
※6 電解質
溶媒中で陽イオンと陰イオンに電離する物質。Liイオン電池ではこれまで溶媒として液状またはゲル状の電解質がもちいられてきたが、安定性、信頼性、エネルギー密度、出力、動作温度の面で課題があり、固体化がもとめられていた。
※7 Nano-Shield
試料からの漏れ電場を遮蔽するために試料全体を覆う厚さ数10ナノメートルの遮蔽膜。著者らのグループにより新規開発した。詳細は、Y. Nomura, K. Yamamoto, T. Hirayama, K. Saitoh, Microscopy 67 (2018) 178-186. に記載。
※8 固体イオニクス
固体材料中のイオンの振る舞いや、用途に関する研究分野である。全固体電池や固体酸化物型燃料電池などの研究に重要な学問である。
※9 固体酸化物型燃料電池
固体電解質をもちいた燃料電池。通常すべてセラミックスで構成される。高温で可動し、発電効率が高いのが特徴である。
II【本研究の詳細】
① 研究の背景と目的
Liイオン2次電池はこれまで電解質に液状またはゲル状の有機溶媒をもちいてきましたが、安定性、信頼性、エネルギー密度、出力、動作温度の面で課題があり、電解質の固体化がもとめられています。電池の性能は、電極材料および電解質のLiイオンの流れやすさ(Liイオン伝導性)が重要ですが、単にイオン伝導性の高い電極材料と電解質材料を選べばよい訳ではありません。電極と電解質を接合した境界面(以下、界面)におけるイオン伝導性も極めて重要です。特に、全固体電池では、液体電解質の場合にくらべてイオン伝導性が低下する傾向があり、充放電特性※10やサイクル特性※11に大きく影響を及ぼします。したがって、電極と固体電解質の適切な界面設計が、高性能な全固体電池の研究・開発に必須となります。このことは、電極と半導体の界面でも同じことがいえます。電極(金属)/半導体においては、すでに界面での学理が確立しており、図2(a)や図2(b)のようにバンド構造※12が湾曲し、正電荷(正孔)または負電荷(電子)が滞留します(この電荷が滞留した層を「空間電荷層」と呼ばれます)。図のように、バンド構造が湾曲する方向によって空間電荷層の符号が異なるため、両者は全く異なる電気特性を示すことが実験的にも理論的にも知られており、適切な界面設計が可能となっています。しかしながら、電極とイオン伝導性固体電解質の界面の場合(図2(c))は、直接的な分析や観察が困難であることから、半導体のような確立した学理が構築しておらず、界面におけるイオンの空間電荷層の符号、分布などが不明でありました。従って、組み合わせの試行錯誤的な材料研究により、全固体電池の研究が行われているのが現状です。
この電極/固体電解質界面に形成されるイオンの空間電荷層の符号や分布を視覚的に把握することができれば、電極/半導体界面のように固体イオニクス分野の基礎的な学理を構築でき、それを元に高性能な電池特性を示す具体的な界面設計が可能となります。そこで本研究では、JFCCが得意としている最先端の透過型電子顕微鏡(TEM: Transmission Electron Microscope)技術(位相シフト電子線ホログラフィー※13と位置分解電子エネルギー損失分光法)および、昨年、新しく開発したTEM試料作製技術(Nano-Shield技術)を用いて、金属電極/固体電解質のモデル界面に形成されるイオンの空間電荷層を、直接的に捉えることを目的に研究を行いました。
図2 金属電極/半導体界面、金属電極/固体電解質界面近傍のバンド構造の変化
(a) 金属/n型半導体界面と (b) 金属/p型半導体界面に形成される空間電荷層。半導体の種類によって、空間電荷層の符号が異なり、電気特性が大きく異なる。(注意:厳密には、金属と半導体のフェルミ単位の位置関係でバンド構造が決まる)
(c) 金属/Liイオン伝導性固体電解質界面のバンド構造。界面近傍でLiイオン(Li+)が滞留するのか、Li空孔(VLi-)が形成されるのか不明。固体電気化学反応の特性を大きく左右する領域である。
② 研究手法
前節で示した図2(c)のように、電極(本研究では金属を使用)/固体電解質界面近傍のバンド構造が変化し、イオンの空間電荷層が形成されると、局所的な電位分布も変化します。その電位分布を直接TEMで観察するため、電子線ホログラフィー技術を用いました。特に、JFCCが独自に改良を重ねてきた①「位相シフト電子線ホログラフィー」は、高い空間分機能(1~2 nm)と高い電位計測精度(~0.02 V)で電位分布を可視化することができる特殊な観察技術です。また、空間電荷層そのものであるLiの濃度分布を直接観察するために、②「位置分解電子エネルギー損失分光法」を用いました。この手法は、Liの信号を直接検出することで、ナノメートルスケールのLi濃度分布を計測することができます。さらに、観察結果の信頼性を向上させるため、TEM観察用の試料にも工夫を凝らしました。一般に、固体電解質は電子伝導性がないため、TEM内で電子線照射をするとTEM試料が帯電(チャージアップ)し、試料の正しい電位分布が観察できません。この影響を防ぐため、③TEM試料に電場シールド膜(Nano-Shield)を施しました(詳細は、次節図3(a)参照)。
以上の特殊なTEM観察技術(①②)と昨年開発した新しいTEM試料作製技術(③)を用いて、金属電極(銅:Cu)とLiイオン伝導性固体電解質(LASGTP: Li1+x+yAlx(Ti,Ge)2-xSiyP3-yO12、株式会社OHARA製)の界面に形成される空間電荷層による電位分布とLi濃度分布を、ナノメートルスケールで可視化しました。
③ 研究成果
LASGTP固体電解質シート※14(厚さ50 μm)の両面に、それぞれCuをスパッタ成膜※15(厚さ250 nm)した後、集束イオンビーム装置※16を用いて薄片化し、断面観察用のTEM試料を作製しました(図3(a)の模式図参照)。その後、薄片化したTEM試料全体に、絶縁体である非晶質※17のアルミナ(Al2O3)を20 nm コーティングし、さらに、その上に導体である非晶質のカーボン(C)を10 nmコーティングしました。このカーボン導電膜を接地することで試料内部の電場を閉じ込めることができ、試料の帯電や外部に漏れ出る電場の影響を99 %抑制することができました(Nano-Shield技術)。図3(b)に、断面のTEM観察像を示します。金属電極(Cu)/固体電解質(LASGTP)(Cu/LASGTP)の境界面が、ナノメートルスケールでシャープに観察されていることがわかります。
Cu/LASGTPの界面近傍の拡大写真を図4(a)に示します。この領域で位相シフト電子線ホログラフィー計測を行った結果を図4(b)に示します。この像は電位分布像に相当し、色が明るいほど電位が高いことを示しており、Cuとの界面近傍で色が明るくなっていることがわかります(図中、黄色部分)。図4(c)は図4(b)の横方向の強度変化を示します。Cu/LASGTPの界面近傍10 nmの領域で、急峻な電位の変化を捉えています。電位差は、1.3 Vと計測されました。
図5(a)に、Cu/LASGTPの界面の別視野の写真を示します。この領域において、位置分解電子エネルギー損失分光法でLi濃度分布を直接観察しました。その結果を図5(b)に示します。この図は位置分解の電子エネルギー損失スペクトル像と呼ばれ、縦軸は照射した入射電子のエネルギー損失量、横軸はTEM観察視野(図5(a))の横軸に相当します。一般に、Liの信号は縦軸のエネルギー損失量60 eV(電子ボルト)近辺に現れるため、図5(b)の明るい信号がLiの信号に相当します。Cu電極に近い領域で、Liの信号が強くなっていることがわかります。図5(c)は、横方向のLi強度プロファイルを示します。Cuとの界面近傍~13 nmの領域で、高い濃度のLiが局所的に滞留していることを初めて確認できました。
以上の観察結果により、Cu電極/LASGTP固体電解質界面では、図6のように、LASGTP内のバンド構造が湾曲し、約10 nmの領域で1.3 Vの電位変化(一般に、バンド図の縦軸はエネルギーの単位なので、1.3 eVに相当する)が生じていることがわかりました。これにより、この界面では図2(a)のようなバンド構造になり、界面近傍にLiイオン(正電荷)が滞留することによって、Liイオンの空間電荷層を形成していることが明らかになりました。
④ まとめと今後の展開
本研究で用いた最先端のTEM観察技術と電場シールドを施したTEM試料作製技術により、金属電極/固体電解質界面で形成されるイオンの空間電荷層を世界で初めて可視化することに成功しました。この空間電荷層による詳細な電位分布やLi濃度分布の観察結果を受けて、今後、電極/固体電解質界面で起こる固体電気化学反応の基礎的学理を構築でき、全固体電池の高性能化に向けて、具体的な界面設計が可能になるものと考えられます。また、本計測技術は、あらゆる種類のイオン伝導性固体電解質に適用でき、全固体Liイオン電池だけでなく、固体酸化物型燃料電池や酸素センサーなど、固体イオニクスデバイス全般にわたり応用展開することができます。これによって、固体電気化学反応を伴う新しいデバイスの研究開発にも貢献できます。
用語説明
※10 充放電特性
電池に印加する電圧を増加・減少させると電池の充電および放電にともない電流が流れる。充電特性とは充電時の印加電圧または電流の時間変化など充電に関する性能で、放電特性とは放電時の電池電圧の放電容量もしくは放電時間依存性など放電に関する性能を指す。
※11 サイクル特性
電池の充放電サイクルの回数に対する電池容量の変化に関する。2次電池の寿命を表す。通常、2次電池の電池容量は充放電を繰り返すと減少する。
※12 バンド構造
材料内部にある価電子帯、伝導帯、その間の禁制帯を図示したもので表される。禁制帯の幅はバンドギャップと呼ばれる。半導体内部の電子や正孔の流れを説明するのによく用いられる。
※13 位相シフト電子線ホログラフィー
電子線ホログラフィー技術のひとつ。一般の電子線ホログラフィーは、干渉縞パターン(ホログラムと呼ばれる)をフーリエ変換して電位分布の情報を抽出するが、この手法は、干渉縞をシフトした多数枚のホログラムから、各画素の強度変化により電位の情報を求める。一般の電子線ホログラフィーに比べて、高い空間分解能と高い計測精度が得られる手法である。
※14 LASGTP固体電解質シート
シート状に成形した固体電解質。シート状にすることで電極との交互積層による電池構造の作製や切断等の加工も可能であり、工業的に適した形状といえる。
※15 スパッタ成膜
イオン化したアルゴンなどのガスを材料の塊に衝突させ、そこから飛び出してきた材料分子を基板に降り積もらせて成膜する方法。
※16 集束イオンビーム装置
TEM観察用に試料を薄片化するための装置である。通常、30~40 keVに加速したGaイオンビームを試料に照射し、そのスパッタ効果で薄片化する。複雑なデバイスなどから観察したい部位のみのTEM試料を作製できるところが特長である。
※17 非晶質
結晶のように原子が規則的に配列しているのでは無く、不規則、不定形な固体状態のことを言う。