機械学習により結晶粒界の熱伝導度を局所原子配列から高精度に予測
~ 計算科学と粒界ナノ構造に基づく新たな材料開発指針 ~
2020年5月7日
I【概要】
ファインセラミックスセンター(JFCC)、物質・材料研究機構(NIMS)、大阪大学、名古屋大学からなる研究グループ(藤井進、横井達矢、Craig A. J. Fisher、森分博紀、吉矢真人)は、計算材料科学(※1)と機械学習を併用することで、結晶粒界(※2)の熱伝導度を局所原子配列から直接的に予測するモデルの構築に成功しました。
金属・セラミックス材料のほとんどは、多数の微結晶粒から構成された多結晶体です。結晶粒のあいだに存在する結晶粒界(以下、粒界と呼ぶ)は、結晶内部とは原子配列が異なるために様々な性質を示すことが知られており、結果として材料全体の機械的・電気的・熱的といった多くの材料特性に影響を与えます。この粒界と材料特性の関係を明らかにすることは、材料科学における最も挑戦的な課題の一つです。本研究では、分子動力学法(※3)という原子レベルの計算科学を用いて多様なMgO セラミックス粒界の熱伝導度を計算し、得られた結果に対して構造記述子(※4)やクラスタリング(※5)等の機械学習手法を適用することによって、粒界の原子配列から高精度に熱伝導度を予測するモデルを構築しました(図1)。これにより熱伝導を決定する粒界近傍の局所構造(※6)が特定できることになりました。この成果は、熱電変換材料(※7)や遮熱コーティング材料(※8)等の作製プロセスの最適化や高集積電子デバイスの性能向上に繋がります。今後、得られたモデルをより実用に近い多彩な材料や他の材料特性に適用することを目指して研究を進めます。
本成果は、2020 年4 月15 日に、国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。
II【本研究の詳細】
背景
粒界は、金属・セラミックス多結晶体の中に存在している格子欠陥(※9)の一つです。その特異な原子配列から材料の多様な機能の起源となる粒界は、幅が数ナノメートルという極めて微小な領域にしか存在しないにも関わらず、材料やデバイスの総合的性能を決定付けることも少なくありません。例えば、粒界は材料の熱伝導性を大きく低下させることが知られています。このことを活かし、材料中に積極的に粒界を導入して遮熱性材料の性能を向上させる取り組みが実施されています。しかし、粒界が熱伝導度を低くすること自体は半世紀以上前から広く知られているものの、具体的にどのような原子配列を持った粒界が熱伝導度の低減に有効かは明らかにされてきませんでした。これは、無数のパターンを持つ粒界の原子配列を系統的に解析することの困難さや、原子配列と材料特性の関係を調べる方法が確立されていないといった課題があったためです。近年ではナノメートルレベルで材料を作り込むプロセス技術や先端計測技術が発展しており、この課題を克服する重要性がますます高まっています。
研究内容
本研究グループではこれまで、主に計算科学を利用して粒界原子配列の探索と熱伝導計算を実施し、90種類以上の多様な MgO セラミックス粒界の熱伝導解析データを蓄積してきました(図1上)。今回、そのデータに対して機械学習を適用することで、粒界の原子配列と熱伝導度を結び付けることを試みました。まず初めに、構造記述子(※4)と呼ばれる情報科学的手法を用いて、人間の目では正確に捉えることの出来ない微妙な原子配列の違いを数値として表しました。そしてクラスタリング(※5)という機械学習手法により、個々の粒界がどのような原子配列で構成されているかを分類・評価しました(図1左下)。この分類結果を用いると、時間のかかる熱伝導度計算を行わなくても高精度に粒界の熱伝導度が予測可能、つまり粒界の原子配列と熱伝導度を関連付けられることが分かりました(図1右下)。この研究のポイントは、研究者が獲得してきた材料科学の理解を上手く機械学習手法に反映させることで、複雑なモデルを用いずに高精度な熱伝導度予測を実現したことです。これにより予測モデルの中身を解釈することが容易になり、単なる予測にとどまらず、熱伝導度の変化の起源、すなわち熱伝導を決める粒界近傍の局所構造(※6)を明らかにすることに成功しました。本成果は、粒界近傍の原子配列と物性の関係を物理的に解釈可能な形で系統的に解明した世界で初めての研究例です。
波及効果・今後の予定
現在社会で実用されているデバイスの性能は、全てセラミックスや金属材料等の材料の性質に強く依存しています。そしてそれらの材料はほとんど多結晶体として用いられています。本研究で構築したモデルが熱特性に関連する機能性材料全般の設計に直接的に役立つことはもちろんのこと、この研究を応用すれば、他の材料特性と粒界原子配列の関係を明らかにできる可能性があります。もし粒界によって複数の材料特性を制御できるようになれば、今までにない多数の機能を両立した新規材料を創造することに繋がります。今後は他の材料特性への応用を検討し、材料の可能性を追求していきます。
特記事項
タイトル:Quantitative prediction of grain boundary thermal conductivities from local atomic environments(粒界原子構造に基づく熱伝導度の定量予測)
著者:Susumu Fujii, Tatsuya Yokoi, Craig. A. J. Fisher, Hiroki Moriwake, Masato Yoshiya
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-020-15619-9
本研究は、JST「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)」および JSPS 科学研究費新学術領域「機能コアの材料科学」(19H05786)の支援を受けたものです。
研究グループ研究者所属
藤井進、Craig A. J. Fisher、森分博紀(ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所 計算材料グループ)
横井達矢(名古屋大学大学院工学研究科物質科学専攻・助教)
吉矢真人(大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻・教授)