東京大学に『次世代ジルコニア創出社会連携講座』を設置
~ 夢の新素材の研究と人材育成に向けて ~
2020年7月1日
I【社会連携講座の概要】
国立大学法人東京大学大学院工学系研究科(以下「東京大学」と称す)、東ソー株式会社(以下「東ソー」と称す)、株式会社ワールドラボ(以下「ワールドラボ」と称す)、および一般財団法人ファインセラミックスセンター(以下「JFCC」と称す)は、従来のセラミックス素材の概念を覆す、ジルコニアセラミックスの飛躍的な特性向上実現とその技術分野を支える人材育成を目的に『次世代ジルコニア創出社会連携講座』を7月1日に設置いたしました。
ジルコニアは様々な分野で実用化されていますが、その機能発現のメカニズムには未解明点が多く残されており、材料特性を決める因子を解明し、原子レベルから組織を制御することで飛躍的に機能が向上する可能性があります。
本社会連携講座では、最先端の電子顕微鏡・計算材料科学・焼結技術を駆使してジルコニアの本質を理解し、その知識を応用して機能を極限にまで高める研究を行います。具体的にはジルコニアの持つ強くてしなやかな力学特性、柔軟な加工性、固体でありながら酸素イオンを通すイオン伝導性、高い屈折率から生まれる高透光性の4つの特性を追求します。これにより金属並みの力学特性と加工性、新たなクリーンエネルギーのための超高速イオン伝導性、新たな光学材料開発のための高透光性を実現させ、かつそれらの機能を融合させることでジルコニアの新展開を目指します。あわせて、高度な材料開発研究が推進できる有能な人材の育成・輩出により、社会の諸課題の解決に向けた技術開発を加速し、持続可能型未来社会の実現に貢献してまいります。
1. 講座名称
次世代ジルコニア創出社会連携講座
2. 研究の目的
社会課題解決に向けた次世代ジルコニアの研究開発を行うとともに、次世代ジルコニアを高度に応用した材料開発研究を推進できる人材育成を目指していきます。更に、次世代ジルコニア技術を積極的に産学連携研究に展開することによって、産業界における様々な課題解決に資することを目指していきます。
3. 担当教員
特任教授 幾原 雄一(総合研究機構)
特任教授 吉田 英弘(マテリアル工学専攻)
4. 設置期間
2020年7月1日から2025年6月30日まで(5年間)
5. 費用
7億1800万円
6. 研究体制
本社会連携講座では、最先端ナノ構造解析および新規焼結体開発を担う東京大学、粉末開発製造を担う東ソーに加えて、卓越したセラミックス計算材料科学技術を有するJFCC、高度なセラミックス組織制御技術を有するワールドラボとの協業により、次世代ジルコニアの開発を推進し、社会に還元できる新素材・新技術の実現及び未来を担う材料開発研究者の育成に尽力してまいります。
7. 問合せ先
東京大学 大学院工学系研究科 広報室
TEL : 03-5841-6295 FAX : 03-5841-0529
東ソー株式会社 広報室
TEL : 03-5427-5103 FAX : 03-5427-5159
株式会社ワールドラボ
TEL : 052-872-3950 FAX : 052-872-3950
一般財団法人ファインセラミックスセンター 研究企画部(下記参照)
II【ジルコニアセラミックスの説明】
ジルコニウム(Zr)の酸化物であり、化学組成はZrO2と表記します。融点が2700°Cと非常に高く、また透明でダイヤモンドに似た高い屈折率を有することから宝飾品としても用いられています。
ジルコニアは図1に示すように三種類の結晶構造を取ります。それぞれ安定な温度が決まっており、室温では単斜晶系、1170°Cで正方晶、2370°Cで立方晶構造を取ります。通常、セラミックスは高温で焼き固めてから室温に戻しますが、高温から温度を下げるとジルコニアは正方晶構造から単斜晶構造へ相変態します。この時、約4%の体積膨張が起こるため、このままではジルコニアの焼結体の製造は困難です。そのため通常は、正方晶または立方晶構造を室温でも安定に存在させるための添加物(安定化剤)を添加し、結晶構造を制御します。イットリア(Y2O3)は代表的な安定化剤の一つです。イットリアを適量添加し、ジルコニアの正方晶を安定化させることにより、ジルコニアセラミックスでの優れた機械特性を獲得しています。
これまでの経緯
代表的な機能・構造セラミックス材料であるジルコニアは、既に広く実用に供されています。東ソーは、世界で初めて高純度ジルコニア粉末を工業化し、各種構造部材、審美性に優れる歯科材料など様々な用途への利用を進めることで、ジルコニア市場形成進展に寄与してきました。また、東京大学と東ソーは、過去20年にも及ぶ共同研究を実施し、ジルコニアの本質である結晶相変態機構の解明、画期的な超高耐久性ジルコニア焼結体の開発など世界に先駆けて多くの成果をあげてまいりました。その一例を以下にご紹介します。
ジルコニアセラミックスは高強度・高靭性セラミックスとして知られています。図1に示す通り、ジルコニアは三つの多形(結晶構造)を有し、室温では本来単斜晶が安定です。そこでイットリアを適量添加し、高温でのみ存在できるはずの正方晶を室温で安定化させることで優れた機械特性を獲得しています。しかし、高温の水蒸気や液体の水に長時間暴露されていると、ジルコニアセラミックスは徐々に劣化し、最終的に粉々に砕けてしまうことがあります。これはジルコニアの水熱劣化とも呼ばれる現象で、ジルコニアセラミックスの避けられない欠点と考えられてきました。しかし、東ソーは東京大学との共同研究において、原子レベルでの組織分析と相変態挙動の系統的な解析を通じて、この水熱劣化を引き起こす原因を初めて明らかにしました。原因は、正方晶の安定化剤であるイットリウムイオンの分布にありました。図2に示すように、従来のジルコニアセラミックスにおいては、イットリウムの分布がナノスケールレベルでは均一とは言えない状態でした。この場合、熱水に長時間暴露されていると、安定化されたはずの正方晶が不安定になり、本来室温での安定構造である単斜晶に戻ってしまいます。正方晶から単斜晶に変わると体積が膨張し、結果として粒子レベルで粉々に壊れてしまいます。これが水熱劣化の正体です。しかしながら、イットリウムの分布をナノスケールレベルで均一になるように調整すると、水に長時間暴露されても正方晶は安定なままで、強度が劣化することはありませんでした。実際、このジルコニアセラミックスは、4年間熱水中(140℃)に置かれても、全く劣化することはありませんでした[文献1]。このような超高耐久性ジルコニアを開発できたのは、ひとえに原子レベルでの組織分析と、焼結・相変態挙動についての基礎的な解析によるものです。
[文献1]
Koji Matsui, Hidehiro Yoshida and Yuichi Ikuhara, “Nanocrystalline, Ultra-Degradation-Resistant Zirconia: Its Grain Boundary Nanostructure and Nanochemistry”, Scientific Reports, 4 (2014) 4758. doi:10.1038/srep04758