アモルファス構造の解明に一歩前進
~ 原子の配位数を可視化 ~
2020年11月16日
Press Releases
2020年11月16日
溝口 照康 (東京大学 生産技術研究所 教授)
Liao Kunyen(東京大学 大学院工学系研究科 博士課程3年)
井上 博之 (東京大学 生産技術研究所 教授)
森分 博紀 (ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所 計算材料グループ グループ長)
田口 綾子 (ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所 計算材料グループ研究員)
増野 敦信 (弘前大学 大学院理工学研究科 准教授)
◆ガラスは、窓やスマートフォン、通信デバイスなど、われわれの生活に不可欠ですが、アモルファスという複雑な構造のため、ガラスの中の原子がどのような状態で存在しているのかは明らかにされていませんでした。
◆今回、電子顕微鏡を用いた実験と、励起状態シミュレーションを組み合わせることで、ガラスを構成する原子の周辺環境の情報が明らかになり、アモルファス構造を構成する原子の「配位数」の情報をナノメートルレベルで可視化することに成功しました。
◆本手法を利用することで、これまで未知のベールに隠されていたアモルファス構造を詳細に理解することができ、新しいガラス材料の開発が加速できると期待されます。
東京大学 生産技術研究所の溝口 照康 教授、Liao Kunyen大学院生、井上 博之 教授、ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所の森分 博紀 グループ長、田口 綾子 研究員、弘前大学 大学院理工学研究科の増野 敦信 准教授の研究グループは、ガラスを構成する原子の配位数をナノメートルレベルの高い空間分解能で可視化することに成功しました。
窓ガラスや、スマートフォンのディスプレイ、さらに光ファイバーケーブルなど、ガラス材料はわれわれの生活に欠かすことができません。ガラスの機能はガラスを構成する原子の周辺環境に強く依存しますが、図1に示すようにガラスがアモルファス(注1)という複雑な構造を有しているため、ガラスの中の原子がどのような状態で存在しているのかは明らかにされていませんでした。これまでの研究では、ガラス中に存在する原子の平均的な環境についての情報を得ることはできましたが、特定の場所の原子の周りにいくつの原子が存在するのかといった、局所的な配位数(注2)を解析することは不可能でした。
今回の研究では、アルミニウムとシリコンで構成されているガラスから、電子エネルギー損失分光法(EELS:注3)というスペクトルデータ(注4)を計測しました。一般的にアルミニウムは6個の酸素に囲まれやすく(配位数=6)、シリコンは4個の酸素に囲まれやすい(配位数=4)特性があることが知られています。また、今回の研究で試料としたガラスでは、図2に示すように、アルミニウムが多い領域とシリコンが多い領域が共存していることがあらかじめ分かっていました。
そのようなガラスから得られたEELS を、励起状態(注5)が計算できるシミュレーション法を使用して解析しました。その結果、実験で測定されたスペクトルのなかに、アルミニウムの配位数の情報が含まれていることを明らかにしました(図3)。
また、EELS は、高い空間分解能を有する走査透過型電子顕微鏡(STEM:注6)を用いて測定されますが、電子線をガラス上で走査して各点でのスペクトルを測定し、それぞれのスペクトルデータの中にある配位数の情報を調べることで、アルミニウムの配位数のマップを得ることにも成功しました(図4)。
配位数マップを解析した結果、アルミニウムが多い領域とシリコンが多い領域とではアルミニウムの配位数が異なることが明らかになりました。アルミニウムが多い領域ではアルミニウムは6配位ですが、シリコンが多い領域ではアルミニウムが4配位を形成していました。本来6配位を形成しやすいアルミニウムが周辺に多く存在するシリコンの影響を受けて4配位を形成したと考えられます。
ガラスは、我々の身近な生活にあるものの、ガラスが有しているアモルファスという構造は分からないことが多くありました。今回開発した手法では、未知のベールに隠されていたアモルファス構造の解明に一歩近づいたといえます。本手法をガラス開発に利用することで、新しいガラス材料の開発を加速できると期待されます。
本研究成果は2020年11月16日(米国東部時間)に米国化学会発行の「Journal of Physical Chemistry Letters 」オンライン版に掲載されました。
窓ガラスや、スマートフォンのディスプレイ、さらに光ファイバーケーブルなど、ガラス材料はわれわれの生活に欠かすことができません。ガラスの機能はガラスを構成する原子の周辺環境に強く依存します。ガラスは、アモルファスという複雑な構造を有しており、図1に今回の研究で用いたアルミナシリケートガラスの原子構造を示しています。赤色が酸素、水色がアルミニウム、青色がシリコンを表しています。アモルファスは結晶と異なり、原子が長周期の構造を有しておりません。そのため、ガラスの中の原子がどのような状態で存在しているのかは明らかにされていませんでした。
これまでの研究では、アモルファス構造を測定するためにX線や中性子線を用いた測定が行われていました。しかし、既往の手法では測定試料全体の平均的な情報を得ることはできましたが、特定の場所の原子の周りにいくつの原子が存在するのかといった、局所的な配位数を解析することは不可能でした。
今回の研究では、アルミニウムとシリコンで構成されているアルミナシリケートガラスを試料としました。一般的にアルミニウムは6個の酸素に囲まれやすく(配位数=6)、シリコンは4個の酸素に囲まれやすい(配位数=4)特性があることが知られています。また、今回の試料のガラスでは、アルミニウムが多い領域とシリコンが多い領域が共存していることがあらかじめ分かっていました(図2)。
そのようなガラスから、電子エネルギー損失分光法(EELS:注3)というスペクトルデータ(注4)を計測しました。 EELSは透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて測定されます。今回は特に、電子線を走査しながら測定することが可能な走査透過型電子顕微鏡(STEM:注6)を用いてEELSを測定しました。
また、測定されたEELSスペクトルは励起状態を反映した形状を有しているため、そのスペクトルを解釈することが困難です。そこで、研究グループがこれまでに開発してきた励起状態を計算するシミュレーション法を利用してEELSスペクトルを解析しました。その結果、実験で測定されたスペクトルのなかに、アルミニウムの配位数の情報が含まれていることを明らかにしました(図3)。
さらに、走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いて電子線をガラス上で走査してEELSを測定し、それぞれのスペクトルデータの中にある配位数の情報を調べることで、アルミニウムの配位数のマップを得ることにも成功しました(図4)。
配位数マップを解析した結果、アルミニウムが多い領域とシリコンが多い領域とではアルミニウムの配位数が異なることが明らかになりました。アルミニウムが多い領域ではアルミニウムは6配位ですが、シリコンが多い領域ではアルミニウムが4配位を形成していました。本来6配位を形成しやすいアルミニウムが周辺にたくさんいるシリコンの影響を受けて4配位を形成したと考えられます。
ガラスは我々の身近にあるものの、ガラスが有しているアモルファスという構造は分からないことが多くありました。さらに、ガラス構造を形成する上で欠かせない「ガラス転移」現象は、未だ明らかにされていない物理現象として知られています。今回開発した手法は、未知のベールに隠されていたアモルファス構造を詳細に理解することができ、ガラス転移現象の解明や、新しいガラス材料の開発を加速できると期待されます。
なお、本研究で行ったEELS観察には、文部科学省の支援を受けた物質材料研究機構先端ナノ計測ハブ拠点のJEOL-ARM200CF装置が用いられました。
雑誌名:「Journal of Physical Chemistry Letters」(11月16日オンライン版)
論文タイトル:Revealing Spatial Distribution of Al coordinated Species in a Phase-separated Aluminosilicate Glass by STEM-EELS (STEM-EELSをもちいた分相構造を有するアルミナシリケートガラス中のAl配位数実空間分布計測)
著者:Kunyen Liao, Atsunobu Masuno, Ayako Taguchi, Hiroki Moriwake, Hiroyuki Inoue, and Teruyasu Mizoguchi(Liao Kunyen、増野 敦信、田口 綾子、森分 博紀、井上 博之、溝口 照康)
DOI:10.1021/acs.jpclett.0c02687
東京大学 生産技術研究所
教授 溝口 照康(みぞぐち てるやす)
Tel:03-5452-6098(内線57834) Fax:03-5452-6319 携帯電話:090-2422-9403
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原子が周期的に配列したものが結晶で、(長距離の)周期性を持たないのがアモルファス。下図左側は、アモルファスSiO2、右側が結晶のSiO2(αOquartz)の原子構造。結晶は長距離の周期性を有しているのに対し、アモルファスにはそのような周期性がみられない。
原子の周りにいる原子の数。酸化シリコン(SiO2)結晶のなかではシリコンは4個の酸素で囲まれている4配位なのに対し、酸化アルミニウム(α-Al2O3)結晶のなかではアルミニウムは6個の酸素で囲まれている6配位を形成している。
Electron energy loss spectroscopy (EELS)と称される。透過型電子顕微鏡を用いて測定される。試料に電子線を照射して、その際に得られるスペクトル。
入射する光の吸収や発光などで得られる情報。赤外線からX線、電子線などさまざまな入射光が用いられる。本研究では、電子やX線を用いて測定されるEELSスペクトル(注3)を対象とした。横軸にエネルギー、縦軸に吸収量をプロットして得られる2次元情報。
基底状態は安定な状態で、励起状態は不安定な状態のこと。例えば、電子の励起を考えると、下図左側では、電子が入る「場所」=軌道に下から電子が入っていて基底状態なのに対し、外部からエネルギー(X線、電子線、温度など)が与えられることで、エネルギーの高い軌道に電子が励起する。その状態が励起状態。励起状態にはいろいろな種類があり、今回もちいたEELSスペクトルは、次ページ右端の図のように非常にエネルギーが低い軌道にあった電子が励起したことによる励起状態を反映しており、解釈が難しい。
電子顕微鏡は電子線を用いて物体を観察する顕微鏡のこと。走査透過型電子顕微鏡は細い電子線を試料上で走査し、透過してきた電子線を観察する。原子を直接観察することが可能。
図1 (a)アルミナシリケートガラスの原子構造モデル。球が原子を表しており、赤色が酸素、水色がアルミニウム、青色がシリコン。原子が周期的に並んでいないため、一見すると原子周辺にどの元素がいくつあるのかを理解することは困難。(b)同モデルのAlとSiにおいて、もっとも近い元素に結合を可視化。4配位は6配位など様々な配位数が存在していることが分かる。
図2 (a、b)今回測定したアルミナシリケートガラスの STEM 像。黒もしくは白色の球状コントラストが観察され、均一な組織を形成していないことが分かる。(c)アルミニウム(Al) の元素マップと(d)シリコン(Si)の元素マップ。アルミニウムが多い領域とシリコンが多い領域が存在していることが分かる。
図3 EELSスペクトルの実験及びシミュレーション結果。上2つが実験スペクトル(EXP)。下3つが計算スペクトル(Calculated)。縦ダッシュ線はピーク位置を表している。左側の縦ダッシュ線が4配位 Al(4-fold)に対応し、右側の縦ダッシュ線が6配位 Al(6-fold)に対応していることが分かる。
図4 (a)図2で得られた情報をもとに、配位数の情報を分離。(b)図1に示すように本試料はAlリッチな領域とSiリッチな領域が存在しており、黄色ダッシュ線で囲った領域が Si リ ッチ領域。(c)、(d)4 配位Alと6配位Alの空間分布。黄色ダッシュ線で囲ったSiリッチ領域において4配位Alが存在し、他の領域ではAlは6配位を形成していることが分かる。なお、今回の手法では5配位 Al(5-fold Al)は分離できていない。
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研究担当者
ナノ構造研究所 森分博紀(もりわけひろき)