マテリアルズ・インフォマティクス活用により新しいウルツ型結晶構造強誘電体新材料を発見
~ 非鉛圧電材料開発のためのブレイクスルー ~
2020年12月10日
Press Releases
2020年12月10日
技術開発競争が激化している非鉛強誘電体材料※1ですが、更なる高性能化に向けて新材料が盛んに研究されています。JFCCナノ構造研究所 森分博紀 グループ長、産業技術総合研究所 伊藤満 招聘研究員(東京工業大学 名誉教授)、高島浩 上級主任研究員、九州大学 佐藤幸生 准教授、物質・材料研究機構 清水荘雄 独立研究者、防衛大学校 濱崎容丞 助教らの研究グループは、第一原理計算※2及びマテリアルズ・インフォマティクス※3と呼ばれる理論計算を用いて網羅的な材料探索を実施し、全く新しい実用強誘電体材料として、ウルツ鉱型結晶構造※4を有するAgIやCuClなどが有望であることを見出しました。
これまで強誘電体材料としてはぺロブスカイト型結晶構造※5など酸素八面体からなる物質群が主に研究対象とされてきましたが、この成功を契機として、酸素八面体を有しない単純なウルツ鉱型結晶構造での現実的な強誘電体の研究が促進され、高性能非鉛圧電材料開発のブレイクスルーになることが期待されています。
本研究の成果は、アメリカ学術誌アプライドフィジクスレターズマテリアルズ(Applied Physics Letters Materials)電子版12月7日に掲載されました。
チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)をはじめとする強誘電体材料は、不揮発強誘電体メモリー、携帯電話やパソコンのフィルターやアクチュエーターとして広く用いられています。その材料の多くに鉛が用いられていました。近年では環境問題から鉛を含有しない非鉛強誘電体材料の研究開発も盛んに行われており、世界各国でその開発技術競争が激化しています。
更なる高性能化に向けて非鉛強誘電体材料が盛んに研究されていますが、高い性能を有する強誘電体材料の多くが酸素八面体からなるぺロブスカイト型結晶構造及びその類似構造を有していました。これらの材料群はこれまでの材料研究により詳細に調べつくされており、新たなブレイクスルーの為には、酸素八面体を有しない結晶構造をもつ強誘電体材料の発見が望まれていました。以前、同グループは、図1に示すような、酸素八面体構造を有しない単純なウルツ鉱型結晶構造に着目し、その強誘電材料としての可能性を第一原理計算により検討し、強誘電体としての必要特性である分極反転障壁が、ZnOにおいて、代表的な強誘電体であるチタン酸鉛(PbTiO3)と同程度になることを突き止め、酸素八面体を有しない単純なウルツ鉱型結晶構造等での強誘電材料開発の可能性を原子レベルで明らかにしていました。しかしながら、ZnOは非常に抗電界※6が大きいため実用材料として用いるにはさらに抗電界が低い材料を見つける必要がありました。
今回、第一原理計算及びマテリアルズ・インフォマティクスと呼ばれる理論計算手法を用いて、網羅的にウルツ型結晶構造をもつ新材料を探索しました。その結果、図2に示すように、分極反転障壁が低く、かつ、抗電界が極めて低い新材料として、AgI、CuCl、CuBrなどを見つけることができました。現在、同研究グループでは材料合成による実証実験を鋭意進めています。
本結果により、この分野の研究が促進され、高性能非鉛強誘電体材料開発にさらに拍車がかかるものと期待されています。
今回見出された候補材料について合成実験を行い、実証実験を行う計画です。この成功を契機として、酸素八面体を有しない単純なウルツ鉱型結晶構造での現実的な強誘電体の研究が促進され、高性能非鉛圧電材料開発のブレイクスルーになることが期待されています。
タイトル:A Computational Search for Wurtzite-Structured Ferroelectrics with Low Coercive Voltages
(計算材料科学による低抗電界を有するウルツ鉱型結晶構造強誘電体材料探索)
著者:Hiroki Moriwake, Rie Yokoi, Ayako Taguchi, Takafumi Ogawa, Craig A. J. Fisher, Akihide Kuwabara, Yukio Sato, Takao Shimizu, Yosuke Hamasaki, Hiroshi Takashima, Mitsuru Itoh
掲載誌:APL Materials
DOI:https://doi.org/10.1063/5.0023626
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤A(JP20H00314)、及び財団法人村田学術振興財団の支援を受けて行われたものです。
・森分博紀、横井里江、田口綾子、小川貴文、フィッシャー・クレイグ、桑原彰秀
(ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所 計算材料グループ)
・伊藤満、高島浩
(産業技術総合研究所 電子光基礎技術研究部門 酸化物エレクトロニクスグループ)
・佐藤幸生
(九州大学 大学院工学研究院 材料工学部門 准教授)
・清水荘雄
(物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点 独立研究者)
・濱崎容丞
(防衛大学校 応用物理学科 助教)
環境負荷物質である鉛を用いない強誘電体材料。世界中で開発競争が行われている。
実験結果を用いることなく、量子力学のみに基づいて(第一原理)行う電子状態計算。シュレディンガー方程式を解く方法により種々の手法が存在する。本研究では、第一原理PAW(projector augmented wave)法を用いている。
従来の実験主体の材料研究ではなく、高速の計算機の情報処理能力を材料研究に応用する学術領域。材料の構造や特性など様々な情報をデータベースとして集約し、材料探索を行う。本研究では、第一原理計算により材料特性を網羅的に計算し、材料探索を行っている。
二元系化合物にみられる代表的な結晶構造の一つであり、六方晶系で空間群P63mcに属する。二つの構成原子とも他原子により正四面体的に囲まれている構造となっている。
代表的な強誘電体であるBaTiO3(チタン酸バリウム)やチタン酸鉛(PbTiO3)の結晶構造。RMO3 という3元系から成る遷移金属酸化物などが、この結晶構造をとる。多くの強誘電体がこの構造を有している。
強誘電体材料の電気分極を反転させるために必要な電界。この抗電界が大きすぎると電気分極を反転させるために非常に大きな電界をかける必要があり実用上問題になる。
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研究担当者
ナノ構造研究所 森分博紀(もりわけひろき)