太陽系初期の磁場情報から天体大移動の時期に迫る
~ 電子線ホログラフィーを用いたナノスケール隕石磁気学の新手法を提唱 ~
2021年8月11日
ポイント
・隕石中の微粒子内部の磁場の変化を可視化する新手法で、粒子個々の熱履歴を解読することに成功。
・太陽系誕生初期に、彗星や木星などが効率的に形成し、大移動したことを裏付ける成果。
・新手法は、はやぶさ2のサンプル分析にも適用され、太陽系形成史の理解がより深まると期待。
Press Releases
2021年8月11日
・隕石中の微粒子内部の磁場の変化を可視化する新手法で、粒子個々の熱履歴を解読することに成功。
・太陽系誕生初期に、彗星や木星などが効率的に形成し、大移動したことを裏付ける成果。
・新手法は、はやぶさ2のサンプル分析にも適用され、太陽系形成史の理解がより深まると期待。
北海道大学低温科学研究所の木村勇気准教授、一般財団法人ファインセラミックスセンターの山本和生主席研究員、パデュー大学の脇田 茂研究員は、磁場を可視化できる特殊な電子顕微鏡(ホログラフィー電子顕微鏡*1)を用いて、個々の隕石ナノ粒子の残留磁化を読み解く新手法を提唱しました。この新手法を、国立天文台が運用する「計算サーバ*2」を用いた数値シミュレーションの結果と合わせることで、木星は太陽系誕生後、数百万年から6億5千万年までの幅広い説の中で最も早い時期に誕生した可能性が非常に高いことを明らかにしました。
本研究では、太陽系の形成史を知るために、太陽系の初期に天体内で水と反応することで作られる磁鉄鉱ナノ粒子に注目しました。磁鉄鉱ナノ粒子は、これまでに経験してきた環境の情報を磁場の形で保存しています。タギシュレイク隕石*3から取り出した個々の磁鉄鉱ナノ粒子の磁束密度を、ホログラフィー電子顕微鏡内で加熱しながらその場観察することで、その粒子は250℃から150℃まで急冷される間に形成したことを明らかにしました。数値シミュレーションの結果と合わせることで、次のような太陽系の形成初期の出来事の詳細が浮かび上がってきました:『太陽系が誕生してから約300万年後に、太陽から遠く離れた低温のカイパーベルト領域で直径160 km以上の大きな彗星*4が形成。同400-500万年後に、同様に効率よく形成した木星の重力の影響で彗星の軌道が太陽系の内側領域へ変化。移動の過程で、直径10 kmの小天体が秒速5 kmで彗星に衝突。』(図1)
本研究は、隕石の構成鉱物の生成温度の決定に新しい温度計を与える成果で、当該分野に新たな研究手法を提唱する点からも意義があります。
なお、本研究成果は日本時間2021年8月11日(水)16時公開の The Astrophysical Journal Letters 誌にオンライン掲載されます。
46億年前の初期太陽系星雲の冷たい領域では、水は氷として存在していました。その後、塵が集まって天体サイズが大きくなると、内部温度が上昇して氷が解け、鉱物や有機物と反応します。この主な熱源は短寿命放射性核種の崩壊熱であるため(例:アルミニウムの同位体(26Al)の半減期は 74万年)、より多くの熱源を獲得した古い天体は、若い天体に比べて内部温度が高くなります。また、大きな天体ほど内部に熱を蓄えられるため冷えにくく、高温を保持できる期間が長くなります。そのため、太陽系天体を起源に持つ隕石の構成鉱物が受けた加熱や水との反応の痕跡を調べることで、太陽系の物理的・化学的進化を理解することができます。
本研究では、地球上での変質を経験していない始原的な隕石の一つであるタギシュレイク隕石の中に存在している磁鉄鉱ナノ粒子に注目しました。磁鉄鉱ナノ粒子は、水と岩石との反応で形成してから現在に至るまでの温度や磁場などの環境の情報を記録しています(残留磁化)。例えば,地球の鉱物に対しては、岩石中に残された地磁気の記録から、古い地質変動が調べられ、古地磁気学として発展しました。この手法は隕石に適用され、初期太陽系物質の生成温度や磁場の有無が調べられるなど、その研究分野には長い歴史があります。従来は、目に見える大きさの隕石全体の磁気特性を分析するのに対して、我々は、隕石内の100 nmサイズの磁鉄鉱粒子一つ一つの磁気特性を、ホログラフィー電子顕微鏡(図2)というナノスケールの磁場を可視化できる電子顕微鏡を用いて、13 nmの空間分解能で分析しました。これにより、より詳細な情報を読み解くナノスケール隕石磁気学の新手法を提唱し、太陽系の形成史の一端を明らかにすることに成功しました。
磁化可能な粒子の磁束密度は加熱して室温に戻すと大きくなります。一方で、粒子が以前に経験した温度よりも低温での加熱では磁束密度に変化は観られません。今回、我々はホログラフィー電子顕微鏡を用いることで、タギシュレイク隕石から取り出した直径100-250 nmの磁鉄鉱ナノ粒子一つ一つの残留磁化が加熱と共に変化する様子を、ナノスケールで可視化することに成功しました(図3)。加熱と冷却を繰り返して調べたところ,粒子ごとに150℃、200℃、250℃と異なる温度で加熱した後に磁束密度の増大が見られました(図4)。これらの温度は磁鉄鉱ナノ粒子が46億年間に経験した最高到達温度を示しています。そこで、タギシュレイク隕石の特徴を元に、その隕石が元々存在した母天体の内部温度が250℃まで上昇する条件を数値シミュレーションで求めたところ、その母天体は太陽系が誕生してから約300万年後に直径160 km以上の大きさで形成したことがわかりました。
今回、磁鉄鉱ナノ粒子の磁束密度の増大が見られた温度は生成温度に対応しています。すなわち、磁鉄鉱ナノ粒子は、母天体内部が250℃以上に加熱された後に150℃まで冷却する過程の100℃も異なる温度で生成したことが明らかになりました。今回観察した磁鉄鉱ナノ粒子が、異なる温度で生成するためには短い時間スケールで冷却される必要があります。計算サーバによる数値シミュレーションから、小天体内部が自然に冷却するには400万年という長い時間がかかることがわかり、効率的な冷却機構の存在が示唆されました。これまでの研究によると、タギシュレイク隕石には、衝突などによって一度壊れた天体が再び集まって形成した痕跡があり、また太陽系外縁部の冷たい領域で形成した後に、内側領域に移動したと考えられています。そこで、衝突を考慮した数値シミュレーションを行ったところ、氷が解けて水になるほどまで加熱された母天体に直径10 kmの小天体が秒速5 kmで衝突することで250℃から150℃まで短時間で冷やされうることがわかりました(図5)。衝突は、太陽系が誕生してから400万年から500万年の間に起った、特殊な状況を考えても700万年後までには起こったと考えるのが妥当であることを本研究で示しました。
太陽系外縁部では天体への衝突速度は小さいことが知られており、秒速5 kmの衝突は、天体の公転軌道が変化して外側から内側領域へと移動した時に起こったとすると無理なく説明できます。太陽系の初期には、木星が形成してから50-250万年後に小天体の軌道変化を引き起こしたと考えられています。従来、木星の形成時期は太陽系誕生後数百万年から6億5千万年の間で論争が続いていました。我々の結果は、木星が非常に効率良く形成したことを支持しており、この論争に一石を投じるものです。
タギシュレイク隕石の母天体に含まれていた水は、アミノ酸の合成に適していたにもかかわらず、その量はほかの同種の隕石に比べて少ないことが知られていますが、その理由はわかっていませんでした。衝突による冷却時間の短縮は、これを説明できるため、初期太陽系星雲内の有機物の生成や多様化の理解にもつながると期待されます。近年、隕石の構成鉱物を対象にした太陽系の研究は、主に同位体分析を元に進められてきました。鉱物内の磁場をナノスケールで可視化した本研究は、当該分野に新たな研究手法を提唱する点からも重要な成果です。はやぶさ2が2020年12月に持ち帰った小惑星リュウグウの微小な岩石に対して同様の手法を行うことで、初期太陽系の理解をさらに深められると期待されます。
論文名 Electron holography details the Tagish Lake parent body and implies early planetary dynamics of the Solar System(電子線ホログラフィーによるタギシュレイク隕石母天体の詳述と太陽系初期の惑星ダイナミクスへの示唆)
著者名 木村勇気 1、山本和生 2、脇田 茂 3,4(1北海道大学低温科学研究所、2ファインセラミックスセンター、3パデュー大学、4マサチューセッツ工科大学)
雑誌名 The Astrophysical Journal Letters
DOI 10.3847/2041-8213/ac13a8
公表日 日本時間2021年8月11日(水)午後4時(英国夏時間2021年8月11日(水)午前8時)(オンライン公開)
北海道大学低温科学研究所 准教授 木村勇気(きむらゆうき)
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URL http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/astro/ykimura/index.html
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一般財団法人ファインセラミックスセンター研究企画部(〒456-8587 名古屋市熱田区六野二丁目4番1号)
TEL 052-871-3500 FAX 052-871-3599 メール ressupjfcc.or.jp
図4. 各温度で加熱した後に室温で分析した磁束密度(左)と加熱中の磁束密度(右)。赤丸、黒四角、青三角の記号は、それぞれ別の磁鉄鉱ナノ粒子の結果に対応。
図5. 太陽系の誕生後530万年後のタギシュレイク隕石の母天体の温度分布(左)と直径10 kmの小天体が秒速5 kmで衝突した後の温度分布(右)。左図の丸で示した領域が衝突により右図に示すように移動する。この領域がタギシュレイク隕石の起源としての条件を満たしている。
磁場や電場を直接観察することが可能な電子線ホログラフィー専用の透過型電子顕微鏡である。干渉性の良い電子源である電界放出型電子銃と電子波を干渉させる電子線バイプリズムを備えている。
国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する、シミュレーション天文学のための計算機群。各々のモデル計算は小規模ながらも長い計算時間を必要とするシミュレーションや、超大型のスーパーコンピュータで行うシミュレーションの準備段階の計算に用いられている。2021年6月時点のシステム規模は96ノード、1664コア。
2000年1月18日にカナダに落下後、すぐに回収されたことから、地球物質による汚染や変質が極めて少ないのが特徴。太陽系の外側の冷たい領域で彗星として形成した後に、火星から木星の軌道付近まで移動してきたD型小惑星が、この隕石の起源と考えられている。炭素質コンドライトに分類されている。
太陽系小天体の中で、太陽に近づいたときに物質の蒸発(放出)によるコマや尾が見られる天体。近年、小惑星と彗星の区別は難しくなっており、ここでは氷と岩石からなる天体をイメージしてもらうために、便宜上タギシュレイク隕石の母天体を彗星と呼ぶ。
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