可逆的な合金形成を充放電に利用する新たなフッ化物イオン電池負極を提案
~ リチウムイオン電池の性能を凌駕する次世代蓄電池の実現に向け前進 ~
2024年3月8日
Press Releases
2024年3月8日
蓄電池はカーボンニュートラル実現の鍵を握るデバイスであり、現行のリチウムイオン電池を凌駕する次世代蓄電池(ポストリチウムイオン電池)の実現が求められています。その有望な候補として注目されているのが、我が国初の高いオリジナル技術が数多く存在する「フッ化物イオン電池」※1,2です。
一般財団法人ファインセラミックスセンターは、トヨタ自動車株式会社、京都大学、株式会社本田技術研究所、東京大学と共同で、新たなコンセプトのフッ化物イオン電池負極を開発しました。従来、高い作動電圧の実現が期待されるフッ化ランタン(LaF3)が負極材料の代表的な候補でしたが、充電の際に生成する純金属ランタン(La)が意図しない電解質の分解と内部短絡を引き起こしてしまい、繰り返し充放電が妨げられるという問題がありました。本研究では、LaF3負極にインジウム(In)を添加することによって、純金属La ではなく、In とLa の合金が可逆的に形成する(充電時に合金が形成し、放電時に In と LaF3に戻る)新たな充放電反応を実現しました。その結果、電解質分解および内部短絡の問題が回避され、繰り返し充放電が可能になることが明らかになりました。
本成果は、「可逆的な合金形成を充放電に利用する」という新たなコンセプトを提供することによって、負極材料の探索空間を従来の純金属から合金系へと大きく広げるものとして位置付けることができ、フッ化物イオン電池の実用化に向けた研究・開発を加速させるものと期待されます。
蓄電池は、スマートフォン等の情報機器に加え、再生可能エネルギーの安定供給や電気自動車に不可欠であることから、カーボンニュートラルの観点からも現代社会における最も重要なデバイスの1つです。そのため、蓄電池の性能向上に対する社会的要請は非常に大きく、現行リチウムイオン電池を上回るエネルギー密度※3 を有する、次世代蓄電池(ポストリチウムイオン電池)の実現が強く望まれています。中でも、正極・負極でのフッ化・脱フッ化反応により充放電を行う「フッ化物イオン電池」は、コンバージョン反応※4や多電子反応※5等の特徴から、理論的には現行リチウムイオン電池の 2 倍以上のエネルギー密度を実現できる可能性があるため、ポストリチウムイオン電池の有望な候補として注目されています。
しかし、フッ化物イオン電池はまだ開発途上の段階にあり、実用化できる水準には達していません。大きな課題の1つが、負極材料に端を発する電解質分解および内部短絡の問題です。負極材料としては、高い作動電圧が見込まれるフッ化ランタン(LaF3)という物質が代表的な候補として期待されていますが、充電時に生成する純金属ランタン(La)がフッ化され易すぎるために、電解質を脱フッ化してしまい、意図しない分解を引き起こすという問題があります(図1)。この問題に対する従来の対策は「LaF3を負極としてだけでなく電解質としても使用する」(図2)というもので、この対策によって少量であれば繰り返し充放電を行うことが可能になりました。しかし、充電量を大きくすると、やはり電解質として機能してほしい場所でも脱フッ化反応が起こり、内部短絡が起きてしまうことが明らかになってきました。電解質分解および内部短絡の問題は充放電の繰り返しを阻害するため、異なるアプローチからの根本的な解決が喫緊の課題でした。
上記の問題は純金属 La の状態がエネルギー的に不安定でフッ化され易すぎることに根本的な原因があります。そこで、本研究では、「従来とは異なる充放電反応を利用することで純金属 La が生成しないようにできないか」と考えました(図3)。例えば、純金属 La を生成する従来の反応(LaF3 + 3e– ⇄ La + 3F–)の代わりに、純金属 La より安定状態にある何らかの合金 MxLa を生成する反応(xM + LaF3 + 3e– ⇄ MxLa + 3F–)を利用できれば、上記の問題を回避できる可能性があります。本研究では、そのような合金形成が起こることを期待して、インジウム(In)と LaF3 を混合した(In + LaF3)負極を作製しました。その結果、内部短絡が起こらずに繰り返し充放電が可能であることが明らかになるとともに、電子顕微鏡解析により In3La 合金の可逆的な形成(充電時にIn3La合金が形成し、放電時にIn とLaF3に戻る)が明らかになりました(図4)。In3La 合金は純金属 La に比べて適度に安定でフッ化され難い(電解質からフッ素を奪って分解し難い)ことが熱力学に基づく計算でも確認され、In3La 合金が電解質分解および内部短絡の問題の解決に本質的な役割を果たすと結論されました。
従来負極の大きな課題であった電解質分解および内部短絡の問題を解決できたことから、フッ化物イオン電池の実用化に向けて大きく前進したと考えられます。また、もう1 つの重要な点は、「可逆的な合金形成を充放電に利用する」という新たなアプローチを見出したことにあります。この発見により、従来の純金属にとどまらず、合金形成が可能な多様な材料系に負極材料としての可能性が拓かれました(例えば、従来はフッ化され易すぎて使用できなかった材料も、合金形成を利用することで負極材料として使用できるようになる可能性があります)。すなわち、本成果は負極材料の探索空間を大きく広げるものとして位置付けることができ、より優れた特性を有する負極(軽い、高容量、高出力等)に向けた材料探索が加速すると期待されます。延いては、現行リチウムイオン電池のエネルギー密度を大きく上回るフッ化物イオン電池の実現へと繋がることが期待されます。
本成果は2024 年3 月4 日に英国王立化学会刊行の科学雑誌「Journal of Materials Chemistry A」オンライン版に掲載されました。
タイトル:Composite anode for fluoride-ion batteries using alloy formation and phase separation in charge and discharge processes
著者:Kei Nakayama, Hidenori Miki, Takashi Nakagawa, Kousuke Noi, Yoshihiro Sugawara, Shunsuke Kobayashi, Katsutoshi Sakurai, Hideki Iba, Akihide Kuwabara, Yuichi Ikuhara, Takeshi Abe
掲載誌:Journal of Materials Chemistry A
本研究は国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のRISING2(JPNP16001)およびRISING3(JPNP21006)プロジェクトの一環として実施されました。
フッ素(F)を含む化合物。例えば、望遠鏡のレンズに使用されるフッ化カルシウム(CaF2)や、むし歯予防の成分として一部の歯磨き粉に含まれるフッ化ナトリウム(NaF)がある。このような化合物中でF はイオン化しており、このイオン(F–)のことをフッ化物イオンと呼ぶ。
正極・負極間でのフッ化物イオン(F–)の移動を介して充放電を行う電池。F–の移動に伴って、負極では充電時に脱フッ化反応(F–が脱離する反応)、放電時にフッ化反応(F–が結合する反応)が起こる。下記のコンバージョン反応(※4)や多電子反応(※5)といった特徴に由来して、現行リチウムイオン電池の2倍以上のエネルギー密度を達成できる可能性がある。
単位重量または単位体積当たりに蓄えられるエネルギーの大きさ。大きければ大きいほど1回の充電でスマートフォンは長時間駆動し、電気自動車は長距離走行が可能。
反応前後で結晶構造が大きく変化する反応。現行リチウムイオン電池で多く見られるトポタクティック反応(物質の骨格構造が保たれた状態で特定の元素が出入りする反応)と比べると、骨格構造が存在しない分だけ体積が小さく抑えられるため、エネルギー密度の向上に有利である。
1つの原子が複数の電子をやり取りする反応。蓄電池の高エネルギー密度化に寄与する。例えばLaF3 + 3e– ⇄ La + 3F–では1個のLa 原子が3個の電子をやり取りする(現行リチウムイオン電池では1 個以下の場合が多い)。
掲載内容についてのお問い合わせ等がございましたら、下記までご連絡ください。
〒456-8587 名古屋市熱田区六野二丁目4番1号
(一財) ファインセラミックスセンター 研究企画部
TEL 052-871-3500
FAX 052-871-3599
e-mail: ressup@
(※メール発信は@の後ろに jfcc.or.jp を付けて送付ください)
研究担当者
ナノ構造研究所 仲山啓(なかやまけい)