エンジン燃費を改善し、CO2排出量を抑えた次世代航空機エンジンを開発するため、部材を軽量化し、かつ耐熱性を向上することが必要となります。そのため、SiC繊維を主体としたセラミックス複合材料の適用が検討されておりますが、高温の酸素・水蒸気を含む過酷な使用環境において酸化や減肉(揮散)により劣化することが大きな問題となります。このような劣化を抑え、長期間使用するために、耐減肉性に優れるYbシリケート(Yb2Si2O7)を保護膜として使用することが期待されています。
最表面に付与されるYbシリケートと基材との接合などの問題を解決し、保護膜の構造を最適設計にするため、高温におけるYbシリケートの酸素遮蔽性を評価し、原子レベルの物質移動メカニズムを解明することが重要になります。しかし、新規材料であるYbシリケートについては、希土類元素Ybが局在した強相関電子をもつため複雑であり、原子間結合状態や物質移動機構に影響する電子状態も不明でした。本研究では、Ybシリケートの電子状態の特徴を明らかにするため、電子エネルギー損失スペクトルについて、走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いた実験結果と第一原理計算による理論結果の比較を試みました。
第一原理計算は、量子力学の理論にのみ基づいて、実験・経験的なパラメータを用いることなく、電子状態や物質のもつエネルギー的安定性を始めとする様々な物性を評価する方法です。この計算により、Ybシリケートはバンドギャップ中に孤立した電子エネルギー準位を持ち、Yb原子に局在した非占有電子軌道を形成することがわかりました(図)。一方、電子が材料を透過する際に生じる電子エネルギー損失により、実験的にも電子状態の情報が得られます。本研究では、0.1eVオーダーの高いエネルギー分解能をもつモノクロメータ付きSTEMを用いることより電子エネルギー損失スペクトルを測定しました。その結果、計算で見られた局在電子状態に対応するシグナルが電子エネルギー損失スペクトルの低エネルギー部分に見られることが、実験・計算の両面から分かりました。また、絶縁性を特徴づけるバンドギャップの値も実験的に評価することができました。
以上の電子状態の知見は、材料中の酸素の移動量などの計算に活用でき、酸化挙動の解明に役立ちます。今後、酸素遮蔽性に関する実験と連携することで、コーティング構造の設計に役立てられるものと期待されます。また、絶縁材料の電子状態は、電気伝導性や光学特性とも深く関係する基礎特性であるため、STEM電子エネルギー損失スペクトル測定と第一原理計算による電子状態の連携解析は、耐熱部材だけでなく、半導体、光学材料、電池材料などのナノレベルでの電子状態解析にも広く役立てられるものと期待されます。
なお、本成果については、2016年5月18日付けでPhysical Review B 93, 201107(R)
(2016)に掲載されました。
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