次世代航空機エンジン用耐熱材料の保護膜中の特異な物質移動を解明
~保護膜の構造最適化による耐熱材料の耐久性向上や寿命予測に展開~
2018年7月2日
I【概要】
① 現状
航空機エンジン用耐熱材料(注1)は、高温の酸素や水蒸気といった腐食性が強いガスを含む燃焼環境下で使用されるため、腐食性ガスに対して遮蔽能力が高く、減肉しにくい酸化物の保護膜をコーティングすることが不可欠です。実環境下においては、保護膜の外表面と内部の耐熱材料との間に酸素と水蒸気の濃度勾配が発生し、保護膜内では物質移動(保護膜を構成する元素のイオンの移動)が生じます。この結果、保護膜の組成が変化し、保護膜の剥離や崩壊が生じることにより、内部の耐熱材料が激しく腐食・劣化する原因になります。したがって、耐熱材料を長期間使用できるようにするためには、保護膜中の物質移動を正しく理解し、これを抑制することが求められます。しかしながら、実際の使用環境を考慮して、保護膜中の物質移動を明らかにした研究はほとんどありませんでした。
② 本研究の成果
JFCCが独自に開発した酸素同位体(18O,注2)ガスを用いた高温酸素透過法により、耐熱材料の保護膜の候補素材について、実際の使用環境を模擬してその物質移動を評価しました。その結果、ムライト(注3)においては、予想通り酸素濃度勾配の付与によって材料中の酸素の拡散が促進されることを確認しました。一方で、定比化合物(注4)であるYb2Si2O7(注5)やAl2O3(注6)では、通常の予想とは逆に、酸素濃度勾配の付与によって酸素の拡散が抑制されるという非常に特異な現象を世界で初めて明らかにしました。
③ 今後の展開
高温酸素透過法で得られたデータを利用して酸素や水蒸気に対する遮蔽性と化学的安定性を両立した保護膜構造を設計し、長期間使用可能な航空機エンジン用耐熱材料の開発に役立てるとともに、その寿命予測に展開します。
本研究成果は、下記に開催の2018年度JFCC研究成果発表会で発表しました。
7月6日(金)(東京会場:東京大学武田先端知ビル武田ホール)
7月13日(金)(名古屋会場:愛知県産業労働センター(ウインクあいち2F、5F))
7月20日(金)(大阪会場:梅田スカイビル(タワーウエスト36F))
本成果は2017年8月15日および2018年6月1日にElsevier「Acta Materialia」に掲載されました。
用語説明
注1) 航空機エンジン用耐熱材料
現用材料にはNi基系超合金が使用されている。その耐用温度は約1100℃であり、将来的には約1200℃が限界と考えられている。それに対して、世界最高性能の炭化ケイ素繊維(耐用温度1400℃)を用いた炭化ケイ素繊維強化炭化ケイ素複合材料(CMC)の適用が期待されている。CMCはNi基超合金に比べて、密度が1/3で耐熱性にも優れることから、航空機エンジンの燃費を飛躍的に向上できる可能性がある。しかし、約1100℃以上の酸素や水蒸気を含む燃焼環境下では酸化によってSiC表面に生成したSiO2が輝散・消失して減肉するため、保護膜のコーティングが必須である。
注2) 酸素同位体
質量数(あるいは中性子数)の異なる酸素原子のこと。天然に存在する酸素の大部分は質量数16の酸素(16O)であるが、質量数17(17O,天然存在比0.037%)と18(18O,同0.204%)の酸素が僅かに存在する。通常のO2ガス(ほぼ16O2で構成)の代わりに高純度の18O2ガスを用いて材料を熱処理し、材料中に18Oを取り込ませた後、二次イオン質量イオン分析(注5)によって材料中の18Oの分布を取得することで、対象とする材料における酸素の拡散性を定量的に評価することができる。
注3) ムライト
Al4+2xSi2-2xO10-xで示される不定比化合物(注4)。炭化ケイ素と熱膨張係数(温度の上昇に伴って膨張する割合)が比較的近く、酸素の遮蔽性に優れる。
注4) 定比化合物
含まれる元素の質量比が、常に一定の簡単な自然数の比で表すことができる化合物を指す。なお、自然数の比で表すことができない化合物を不定比化合物と呼ぶ。
注5) Yb2Si2O7
炭化ケイ素と熱膨張係数(温度の上昇に伴って膨張する割合)が近く、高温の水蒸気環境下において減肉しにくいことが知られており、CMCの保護膜(水蒸気遮蔽層)として有望視されている。
注6) Al2O3
現用の航空機エンジン用耐熱材料であるNi基系超合金の上には、金属結合層と多孔質のセラミック遮熱層が配置されている。高温下では金属結合層の最表面にAl2O3が生成することにより、結合層のさらなる酸化が抑制される。その一方で、Al2O3膜が成長すると遮熱層との熱膨張係数(温度の上昇に伴って膨張する割合)の違いにより遮熱層の剥離の原因になる。したがって、Al2O3中の物質移動を理解することは、現用の航空機エンジン用部材の耐久性向上や酸化劣化挙動を予測する上で非常に重要である。
II【本研究の詳細】
① 現状と課題
近年、航空機エンジンの燃費改善や耐久性向上が強く求められており、精力的な材料開発が進められています。特に、世界最高性能の炭化ケイ素繊維(耐用温度1400℃)を用いた炭化ケイ素繊維強化炭化ケイ素複合材料(CMC,注1)の採用は、大幅な軽量化と耐用温度の向上を可能にするため、飛躍的な燃費向上が期待できます。その一方で、高温の酸素と水蒸気といった腐食性の強いガスを含む燃焼環境下ではCMCの激しい酸化と減肉が生じるため、腐食性ガスに対して遮蔽能力が高く、減肉しにくい酸化物の保護膜のコーティングが不可欠です。そこで、酸素の遮蔽性に優れるムライト(注3)や高温水蒸気中で減肉しにくいYb2Si2O7(注5)といった材料を多層積層して保護膜に適用することが検討されています。実環境においては、保護膜の外表面と内部の耐熱材料の間で、酸素と水蒸気の大きな濃度勾配が発生し、保護膜中では物質移動(保護膜を構成する元素のイオンの移動)が生じます。この結果、保護膜の組成が変化し、保護膜の剥離や崩壊が生じることにより、内部の耐熱材料が激しく腐食・劣化する原因になります。したがって、耐熱材料を長期間使用できるようにするためには、保護膜中の物質移動を正しく理解した上で、得られた定量的なデータをもとに保護膜の構造を最適化し、物質移動を抑制することが求められます。しかしながら、実際の使用環境を考慮して、保護膜中の物質移動を明らかにした研究はほとんどありませんでした。
② 研究手法
実験用に作成したモデル保護膜材料に対して、酸素同位体(18O,注2)ガスを用いて、高温の乾燥あるいは加湿環境下の酸素透過試験(酸素や水蒸気の濃度勾配下に曝露)を実施しました。その後、二次イオン質量分析(注7)により、数10nmレベルの分解能でモデル保護膜における断面表面近傍の18O濃度分布を取得するとともに、深さ方向に対する18O分布を取得しました。
③ 研究成果
図1に、高温乾燥環境下の酸素透過試験(酸素のみの濃度勾配下で処理)後のムライトとYb2Si2O7の表面近傍の断面の18O濃度分布を示します。図中の白い部分は18Oの濃度が高いことを示しており、それぞれの材料の粒界(注8)に対応することから、これら材料においては粒界を介して酸化物イオン(O2-)が拡散することが示唆されました。次に、酸素濃度勾配の有無が酸化物イオンの拡散に及ぼす影響について比較すると、ムライトでは、酸素濃度勾配を付与した場合の方がより内部まで18Oが浸透しており、予想通り酸素濃度勾配の付与によって酸化物イオンの拡散が促進されることを確認しました。一方で、定比化合物(注4)であるYb2Si2O7では、酸素濃度勾配を付与した場合の方が18Oの浸透深さが浅く、酸素濃度勾配の付与によって酸化物イオンの拡散が抑制されることが明らかになりました。これは、ムライトで確認された、通常予想される効果とは全く真逆の非常に特異的な現象であり、世界で初めて明らかにしました。さらに、この18O濃度分布より、個々の粒界の酸素の粒界拡散係数(注9)の算出が可能であり、Yb2Si2O7においては、酸素濃度勾配の有無によって変化することも確認しました。なお、同様の現象が、耐熱合金の表面に生成して保護膜として機能する定比化合物のAl2O3(注6)においても発現することを明らかにしております。以上の結果は、定比化合物を保護膜に適用する場合、従来から行われてきた酸素濃度勾配なしの環境下の評価で得られた物質移動に関する定量的なデータ(上述の粒界拡散係数等)が、保護膜設計に利用できないことを示唆しております。言い換えれば、定量的な拡散データを用いて保護膜構造の最適化によって耐久性の改善を図る場合や、部材の酸化劣化挙動を予測する場合、JFCCの高温酸素透過法による取得情報が極めて重要になることを意味します。
さらに、Yb2Si2O7について、加湿の有無が酸化物イオンの拡散に及ぼす影響を評価するため、高温加湿環境下の酸素透過試験(酸素と水蒸気の濃度勾配下で処理)を実施し、深さ方向の18O分布を評価しました(図2参照)。その結果、加湿した方が、より内部まで18Oが浸透していることが確認でき、加湿によって酸化物イオンの拡散が促進されることが示唆されました。
④ 今後の展開
現在検討を行っているCMC用の保護膜は、ムライトやYb2Si2O7を含む多層積層構造であることから、各層の物質移動に関する定量的データを基に、酸素や水蒸気に対する遮蔽性と化学的安定性に優れる保護膜構造を提案する予定です。さらに、別途検討されている熱機械的安定性から導かれる構造とあわせて保護膜構造の最適化を行い、長期間使用可能な航空機エンジン用耐熱材料の開発に役立てるとともに、その寿命予測に展開します。
本研究の一部は、総合科学技術・イノベーション会議のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「【革新的構造材料】(管理法人:JST)」、JSPS科研費新学術領域研究「ナノ構造情報」(JP25106008)、並びに、文部科学省委託事業東京大学ナノテクノロジープラットフォームの支援を受けて実施したものです。
用語説明
注1) 航空機エンジン用耐熱材料
現用材料にはNi基系超合金が使用されている。その耐用温度は約1100℃であり、将来的には約1200℃が限界と考えられている。それに対して、世界最高性能の炭化ケイ素繊維(耐用温度1400℃)を用いた炭化ケイ素繊維強化炭化ケイ素複合材料(CMC)の適用が期待されている。CMCはNi基超合金に比べて、密度が1/3で耐熱性にも優れることから、航空機エンジンの燃費を飛躍的に向上できる可能性がある。しかし、約1100℃以上の酸素や水蒸気を含む燃焼環境下では酸化によってSiC表面に生成したSiO2が輝散・消失して減肉するため、保護膜のコーティングが必須である。
注2) 酸素同位体
質量数(あるいは中性子数)の異なる酸素原子のこと。天然に存在する酸素の大部分は質量数16の酸素(16O)であるが、質量数17(17O,天然存在比0.037%)と18(18O,同0.204%)の酸素が僅かに存在する。通常のO2ガス(ほぼ16O2で構成)の代わりに高純度の18O2ガスを用いて材料を熱処理し、材料中に18Oを取り込ませた後、二次イオン質量イオン分析(注5)によって材料中の18Oの分布を取得することで、対象とする材料における酸素の拡散性を定量的に評価することができる。
注3) ムライト
Al4+2xSi2-2xO10-xで示される不定比化合物(注4)。炭化ケイ素と熱膨張係数(温度の上昇に伴って膨張する割合)が比較的近く、酸素の遮蔽性に優れる。
注4) 定比化合物
含まれる元素の質量比が、常に一定の簡単な自然数の比で表すことができる化合物を指す。なお、自然数の比で表すことができない化合物を不定比化合物と呼ぶ。
注5) Yb2Si2O7
炭化ケイ素と熱膨張係数(温度の上昇に伴って膨張する割合)が近く、高温の水蒸気環境下において減肉しにくいことが知られており、CMCの保護膜(水蒸気遮蔽層)として有望視されている。
注6) Al2O3
現用の航空機エンジン用耐熱材料であるNi基系超合金の上には、金属結合層と多孔質のセラミック遮熱層が配置されている。高温下では金属結合層の最表面にAl2O3が生成することにより、結合層のさらなる酸化が抑制される。その一方で、Al2O3膜が成長すると遮熱層との熱膨張係数(温度の上昇に伴って膨張する割合)の違いにより遮熱層の剥離の原因になる。したがって、Al2O3中の物質移動を理解することは、現用の航空機エンジン用部材の耐久性向上や酸化劣化挙動を予測する上で非常に重要である。
注7) 二次イオン質量分析
試料表面にセシウム等のイオン(一次イオンと呼ばれる)を照射し、飛び出してきたイオン(二次イオンと呼ばれる)を質量分析することにより、試料中に含まれる成分の定量や定性を行う。
注8) 粒界
通常のセラミックスは、小さな結晶粒が集合した組織からなる多結晶体であるが、個々の結晶粒の界面のことを粒界と呼ぶ。
注9) 粒界拡散係数
単位時間あたりに単位体積を通過するイオンの量を示す。