高感度電子線ホログラフィーを用いて、GaN ナノワイヤー内部のドーパント分布の観察に成功
~次世代デバイスの評価技術確立の貢献~
2018年7月4日
I【概要】
① 現状
窒化ガリウム(GaN)ナノワイヤーは、直径:1 μm以下と非常に小さな結晶ですが、結晶中の歪みが小さく、結晶欠陥も少ないため、次世代デバイスの材料として、近年、盛んに研究が行われています。GaNナノワイヤーをデバイスとして使用するには、結晶中に不純物(ドーパント)を設計どおり分布させる必要があります。結晶中のドーパント分布を高分解能で検出する方法として、透過電子顕微鏡(TEM)がありますが、TEM像のコントラスト変化を読み取ることでドーパント分布をとらえるのは困難でした。そこで、ドーパント分布に起因した電場をとらえられる電子顕微鏡法の一種である電子線ホログラフィー注1での検出を試みました。しかし、検出感度と空間分解能が不十分であるため、微小な結晶であるGaNナノワイヤー中の微弱かつ微少領域に形成されている電場を検出することはできませんでした。
② 本研究の成果
JFCCでは、従来の電子線ホログラフィーと比較して、検出感度を3倍、空間分解能を8倍にした位相シフト電子線ホログラフィー注2を独自開発し、ドーパント分布の検出を試みました。図1(a)にTEM像、(b)に位相シフト電子線ホログラフィーで取得した位相像を示します。(a)TEM像ではドーパント分布を反映したコントラストの変化を確認できませんでしたが、(b)位相像ではドーパント分布を反映したコントラストの濃淡がはっきりと確認できました。
③ 今後の展開
さらに、研究を続けていくことで、GaNナノワイヤー中の電位分布の評価が可能になり、デバイスを評価するうえで非常に強力な解析手法になる可能性があります。また、今回開発した技術は、他の半導体材料などへの応用も期待できます。
本研究成果は、下記に開催の2018年度JFCC研究成果発表会で発表しました。
7月6日(金)(東京会場:東京大学武田先端知ビル武田ホール)
7月13日(金)(名古屋会場:愛知県産業労働センター(ウインクあいち2F、5F))
7月20日(金)(大阪会場:梅田スカイビル(タワーウエスト36F))
本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)愛知地域スーパークラスタープログラムにて実施したものである。
用語説明
注1) 電子線ホログラフィー
電子波の干渉性を利用し、物体を透過した散乱波(物体波)と光源から直接やってくる波(参照波)を干渉させて電子線ホログラムを得る。そのホログラムを画像処理することにより、物体波の振幅や位相を再生する手法である。この位相中には、電場や磁場の情報が含まれる。
注2) 位相シフト電子線ホログラフィー
位相シフト法では、干渉させた2つの波(物体波と参照波)の位相差を変化させ、干渉縞を少しずつずらした多数枚のホログラムを用いて位相を再生する方法である。
II【本研究の詳細】
① 現状と課題
現在、高品質のGaN結晶を成長させる場合、GaN基板上に結晶を成長させますが、GaN基板は非常に高価であるため、コスト面で問題があります。GaN結晶を異種基板(サファイア(Al2O3)、シリコン(Si)など)上に成長させた場合、異種基板との格子定数の違いにより、GaN結晶中に歪みや結晶欠陥が発生するという問題があります。そこで、異種基板上に成長させても結晶中の歪みが小さく、結晶欠陥も少ないGaNナノワイヤーが注目され、近年、盛んに研究が行われています。GaNナノワイヤーは、直径:1 μm以下と非常に小さな結晶ですが、ドーパントを分布させることで、p型半導体注3やn型半導体注4になり、これらを組み合わせることでデバイス構造を作製できます。このとき、各層のドーパント分布は、デバイスを動作させるうえで非常に重要になります。結晶中のドーパント分布を高分解能で検出する方法としてTEMがありますが、TEM像のコントラスト変化を読み取ることで、ドーパント分布をとらえることは困難でした。そこで、ドーパント分布に起因した電場をとらえられる電子顕微鏡法の一種である電子線ホログラフィーでの検出を試みました。しかし、GaNナノワイヤー中の微弱かつ微少領域に形成されている電場をとらえるのは非常に困難であるため、従来法よりも検出感度と空間分解能を向上させる必要がありました。
② 研究手法
今回、実験に用いたGaNナノワイヤーの鳥瞰SEM像を図2(a)に示します。GaNナノワイヤーは、異種基板上にパターニングされたマスクによって成長する場所が制御しています。GaNナノワイヤーの模式図を図2(b)に示します。Si(111)面の基板上にAlN(窒化アルミニウム)を成膜後、SiO2(二酸化ケイ素)でマスクをし、マスク開口部からGaNナノワイヤーを成長させます。GaNナノワイヤー中のドーパント分布は、根元の方からアンドープGaN(u-GaN)とSiドープGaN(n-GaN)を交互に3回積層しています。
JFCCは、新たに従来法と比較して、3倍の検出感度、8倍の空間分解能を達成した位相シフト電子線ホログラフィーを独自開発し、GaNナノワイヤー中のドーパント分布によって形成された電場分布をとらえ、ドーパント分布を検出することを試みました。
図2 GaNナノワイヤー 【試料提供:名古屋大学】
(a)鳥瞰SEM像 (b)試料の模式図
③ 研究成果
図3(a)に、GaNナノワイヤーのTEM像を示します。TEM像からは、図2(b)で示したようなドーパント分布を反映したコントラスト変化を確認することはできません。しかし、同一視野を位相シフト電子線ホログラフィーで取得した位相像(図3(b)参照)では、GaNナノワイヤー中のドーパント分布を反映したコントラスト変化を観察することができます。また、このコントラスト変化により各層の膜厚を正確に求めることが可能になりました。
④ 今後の展開
今回、解析を行った試料は、アンドープ半導体とn型半導体だけで構成されており、多くのデバイスとは試料構造が異なっています。しかし、このような基礎的な実験を積み重ねて、段階的にデバイス構造に近づけていくことが不可欠です。それにより、これまで評価が困難であった領域のメカニズム解明が可能になります。我々は、半導体の評価技術の一つとして、電子線ホログラフィーの確立を目指し、より複雑なモデルサンプルの解析を継続して行っていきます。
本技術を用いることにより、GaNナノワイヤーの解析だけでなく、さまざまな半導体材料の研究・開発・解析への貢献が期待されます。
用語説明
注3) p型半導体
電荷を運ぶキャリアとして正孔(ホール)が使われる半導体である。正孔は正の電荷をもつ。窒化物半導体では、Mg(マグネシウム)を微量にドープすることによってつくられる。
注4) n型半導体
電荷を運ぶキャリアとして電子が使われている半導体である。電子は負の電荷を持つ。窒化物半導体では、Si(シリコン)を微量にドープすることによってつくられる。