世界初! 遮熱コーティング材料にナノドメインを導入し、遮熱性の大幅改善を実現!
~次世代航空機エンジンの燃焼効率向上に向けて大きく前進~
2019年7月1日
I【概要】
① 現状
航空機エンジンの燃焼効率向上(CO2排出量削減)を図るためには、タービン入口温度の高温化が有効です。しかし、タービンを構成するノズルやブレード等に使用されている耐熱合金は、その耐用温度を遙かに超える燃焼ガスに曝されるため、大量の圧縮空気による冷却が不可欠です。そこで、耐熱性に優れる部材を用いて、圧縮空気量削減と燃焼制御技術の高度化を図ることにより、燃費とNOx排出量の削減が精力的に行われてきました。その一つに、低熱伝導性に優れる耐熱性酸化物を合金表面にコーティングし、部材内部への熱の流入を抑える方法(遮熱コーティング:注1)があります。一般に、酸化物を低熱伝導にするには、熱伝導を担う波動性を有するフォノン(注2)の伝播を乱す散乱箇所を導入する方法がとられます。そのため従来の遮熱コーティング素材の低熱伝導化については、結晶学的に隙間が多い構造の耐熱性酸化物を対象に原子レベルのフォノン散乱による遮熱性向上が検討されてきました。しかしながら、この手法には限界があり、新しいアプローチが切望されていました。
② 本研究の成果
この度、JFCCは、トーカロ株式会社と共同で、結晶学的に隙間の多い耐熱性酸化物に対して、原子よりも少し大きな「ナノサイズのドメイン」(注3)を自発的に形成することで、ドメイン界面におけるフォノン散乱による低熱伝導化を検討しました。カチオン欠損型ペロブスカイト(注4、RTa3O9、R:希土類元素)の一つであるYbTa3O9を作製し、高分解能STEM像や電子回折図形(注5、6)を観察・解析したところ、図1に示すように、数nmサイズの規則的なドメインが形成されていることが明らかとなりました。熱伝導率を測定した結果、現行遮熱材を大幅に凌駕する低熱伝導性が得られました。ナノドメイン形成による遮熱コーティング素材の低熱伝導化は “世界初”といえます(詳細は次ページ以降で説明)。
③ 今後の展開
航空機エンジン向けに適用されている高温部材の表面温度を、現状の1200℃から1400℃レベルまで高めるべく、遮熱性に優れた革新的遮熱コーティングへの適用を目指していく予定です。
本研究成果は、下記に開催した2019年度JFCC研究成果発表会で発表しました。
7月12日(金)(名古屋会場:愛知県産業労働センター(ウインクあいち2F、5F))
7月19日(金)(東京会場:東京大学 武田先端知ビル 武田ホール)
本研究は、防衛装備庁平成30年度安全保障技術研究推進制度委託事業の一環として、トーカロ株式会社と共同で実施したものです。
用語説明
注1) 遮熱コーティング
航空機用エンジンや火力発電プラントのガスタービン高温部材の金属基板上に施工されるコーティング層で、耐熱性の高い金属結合層と、低熱伝導性を有するセラミックストップコート層から構成される。現状では、セラミックス層とし<てイットリア安定化ジルコニアが採用されている。このセラミックス層をガスタービン高温部品の表面に施工して、金属基材温度を100~200℃程度低下させることにより、燃焼ガスの高温化と基材の長寿命化を可能としている。
注2) フォノン
固体において、熱は波動性を持った格子振動が伝播することにより伝わるが、フォノンはこの格子振動を量子化した粒子、即ち熱伝導を担う基本単位といえる。このフォノンの固体中における伝播を散乱させることができる場所として、粒界や異相界面、原子空孔、置換元素等が挙げられる。
注3) ドメイン
固体において、原子が規則正しく配列し、結晶の周期性が保たれている領域をドメイン、結晶の周期性が変化する界面をドメイン界面と呼ぶ。
注4) カチオン欠損型ペロブスカイト
RTa3O9(R:希土類元素)で示される酸化物。BaTiO3(チタン酸バリウム)のように、ABO3 という3元系からなる遷移金属酸化物の結晶構造において、A元素の2/3が欠損した構造の酸化物である。カチオンの欠損率が極めて高く、原子レベルのフォノン散乱場所が多量に導入された遮熱素材といえる。
注5) STEM-ABF像
Annular Bright-Field Scanning Transmission Electron Microscopyの略称で、環状検出器により透過ビームの周辺部に散乱された電子を用いて明視野STEM像を取得する手法である。高角度散乱環状暗視野(High-Angle Annular dark-field: HAADF)法に比べて、ABF法で得られる像は原子番号の違いによる強度差が小さいので、軽元素と重元素が混在する結晶の原子コラムの観察に効果的である。
注6) 電子回折図形
透過型電子顕微鏡(TEM)等を用いて、試料に電子を照射して干渉パターンを観察することにより物質を研究する手法であり、固体の結晶構造の解析に用いられる。
II【本研究の詳細】
① 現状と課題
航空機エンジンの燃焼効率向上(CO2排出量削減)を図るためには、タービン入口温度の高温化が有効です。しかし、タービンを構成するノズルやブレード等に使用されている耐熱合金は、その耐用温度を遙かに超える高温の燃焼ガスに曝されるため、大量の圧縮空気による冷却が不可欠となります。そのため、従来より、耐熱性に優れる部材を用いて部材冷却効率の向上と燃焼制御技術の高度化を図ることにより、エンジン燃費とNOx排出量の両方を削減する取り組みが精力的に行われてきました。その取り組みの一つに、低熱伝導性に優れる耐熱性酸化物を合金表面にコーティングし、部材内部への熱の流入を抑える方法(遮熱コーティング:注1)があります。
一般に、酸化物を低熱伝導にするためには、内部に熱伝導を担うフォノン(注2)を効果的に散乱させる箇所を導入する方法がとられます。そのため従来の遮熱コーティング候補素材の低熱伝導化については、結晶学的に隙間の多い構造を有する耐熱性酸化物を対象に原子レベルのフォノン散乱による効果が検討されてきました。しかしながら、この手法には限界があり、新しいアプローチが切望されていました。
② 研究成果
この度、JFCCは、トーカロ株式会社と共同で、原子よりもすこし大きな「ナノレベルのフォノン散乱」の効果に着目しました。つまり、結晶学的に隙間の多い耐熱性酸化物に対して、「結晶内にナノサイズのドメイン」(注3)を自発的に形成することで、ドメイン界面におけるフォノン散乱による低熱伝導化の可能性を検討しました。
(1)まず、結晶学的に隙間の多い構造を有する耐熱性酸化物として、カチオン欠損ペロブスカイト型酸化物(注4、RTa3O9、R:希土類元素)を選択しました。Li電池分野のカチオン欠損ペロブスカイト型酸化物(AB3O9)では、結晶格子の構成要素であるBO6八面体が交互に傾斜してドメインが形成されることが知られています。ここで、BO6八面体の傾斜角が大きくなるとA-O結合距離の偏りが大となります。
(2)そこで、この関係を利用し、第一原理分子動力学計算(注7)により、RTa3O9におけるR-O結合距離分布に及ぼすR元素の影響を解析しました(図1)。その結果、Laのようにイオン半径が大きい場合はR-O結合距離分布は1本のピークでR-O結合距離偏りが小さいのに対して、YやYbのようにイオン半径が小さい場合はピークが2本に分かれてR-O結合距離の偏りが大きく、TaO6八面体の傾斜が大となることが予測されました。また、電子顕微鏡によって得られる電子回折図形(注6)を解析した結果、TaO6八面体が交互に傾斜し、かつ正方晶系であることがナノドメイン形成の支配因子であることが示唆されました。
(3)上記解析結果に基づいて、RTa3O9(R=La、Yb、Y)サンプルを作製し、熱伝導率を評価しました。その結果、ドメインが形成されていないLaTa3O9に比べて、高温で上記条件を満足、即ちナノドメインの形成が予測されるYbTa3O9およびYTa3O9の熱伝導率は極端に低く、次世代遮熱素材として検討されているGd2Zr2O7を凌駕する低熱伝導性を示すことが明らかとなりました(図2)。
(4)YbTa3O9の高分解能STEM-ABF像(図3、注5)を見ますと、数nmサイズの規則的なドメインが形成され、この界面が顕著な低熱伝導化に寄与していることを示唆しています。このような結晶内のナノドメイン形成による遮熱コーティング素材の低熱伝導化は “世界初”といえます。
③ 今後の展開
ドメインサイズ制御によるさらなる低熱伝導化の可能性を検討するとともに、機械的特性や燃焼模擬環境下における耐久性等を評価することで、適用されている高温部材の表面温度を、現状の1200℃から1400℃レベルまで高めるべく、革新的遮熱コーティングとしての適用を目指していきたいと考えております。
本研究は、防衛装備庁平成30年度安全保障技術研究推進制度委託事業の一環として、トーカロ株式会社と共同で実施したものです。
用語説明
注1) 遮熱コーティング
航空機用エンジンや火力発電プラントのガスタービン高温部材の金属基板上に施工されるコーティング層で、耐熱性の高い金属結合層と、低熱伝導性を有するセラミックストップコート層から構成される。現状では、セラミックス層とし<てイットリア安定化ジルコニアが採用されている。このセラミックス層をガスタービン高温部品の表面に施工して、金属基材温度を100~200℃程度低下させることにより、燃焼ガスの高温化と基材の長寿命化を可能としている。
注2) フォノン
固体において、熱は波動性を持った格子振動が伝播することにより伝わるが、フォノンはこの格子振動を量子化した粒子、即ち熱伝導を担う基本単位といえる。このフォノンの固体中における伝播を散乱させることができる場所として、粒界や異相界面、原子空孔、置換元素等が挙げられる。
注3) ドメイン
固体において、原子が規則正しく配列し、結晶の周期性が保たれている領域をドメイン、結晶の周期性が変化する界面をドメイン界面と呼ぶ。
注4) カチオン欠損型ペロブスカイト
RTa3O9(R:希土類元素)で示される酸化物。BaTiO3(チタン酸バリウム)のように、ABO3 という3元系からなる遷移金属酸化物の結晶構造において、A元素の2/3が欠損した構造の酸化物である。カチオンの欠損率が極めて高く、原子レベルのフォノン散乱場所が多量に導入された遮熱素材といえる。
注5) STEM-ABF像
Annular Bright-Field Scanning Transmission Electron Microscopyの略称で、環状検出器により透過ビームの周辺部に散乱された電子を用いて明視野STEM像を取得する手法である。高角度散乱環状暗視野(High-Angle Annular dark-field: HAADF)法に比べて、ABF法で得られる像は原子番号の違いによる強度差が小さいので、軽元素と重元素が混在する結晶の原子コラムの観察に効果的である。
注6) 電子回折図形
透過型電子顕微鏡(TEM)等を用いて、試料に電子を照射して干渉パターンを観察することにより物質を研究する手法であり、固体の結晶構造の解析に用いられる。
注7) 第一原理分子動力学計算
実験的なパラメーターを用いることなく、量子力学に基づいて電子の状態を求めることで原子間相互作用(エネルギーと力)を計算し、更に、ニュートンの運動方程式に基づき、任意の温度での各原子の運動を模擬する手法である。