先端的電子線ホログラフィーを用いて、小惑星リュウグウで採取した磁鉄鉱粒子の磁場観察に成功
~小惑星リュウグウの形成過程の解明へ~
2022年9月26日
I【研究概要】
一般財団法人ファインセラミックスセンター(以下、JFCC)は、はやぶさ2初期分析(「石の物質分析チーム」代表:東北大学大学院 理学研究科 教授 中村智樹)の一環で、北海道大学 低温科学研究所、株式会社日立製作所研究開発グループと連携し、電子線ホログラフィー※1を駆使することで、小惑星リュウグウで採取された磁鉄鉱粒子(マグネタイト:Fe3O4)の磁束分布を直接可視化することに成功しました(図1参照)。
この観察により、リュウグウが持つ主な磁気的特性は、マグネタイトが大きく寄与していることがわかりました。今後、個々の粒子の磁束分布を詳細に計測することで、太陽系初期における母天体の磁場環境や、リュウグウが経験した温度などを明らかにできる可能性があり、太陽系やリュウグウの形成過程の解明に、電子線ホログラフィーが大きく貢献できると期待されます。
「本研究成果を含む「はやぶさ2」初期分析「石の物質分析チーム」(代表 中村智樹 東北大教授)による研究成果は、9 月22 日(木)(日本時間9 月23 日(金)午前3 時)にアメリカ科学振興協会(AAAS)サイエンス(Science)誌に掲載されました。
なお、本件の観察結果は、文部科学省 先端研究基盤共用促進事業「顕微イメージングソリューションプラットフォーム」(JPMXS0450200421、JPMXS0450200521)の支援を受けたものです。
図1 リュウグウ試料から切り出したマグネタイト(丸い粒子)の透過電子顕微鏡像(A)と電子線ホログラフィーにより得られた磁束分布像(B,C)。矢印と色は磁化の方位を示す。粒子の内部に見られる同心円状の縞は磁力線に相当し、磁力線が矢印の方向に巻いてることを示している。これは渦状磁区構造と呼ばれ、一般のハードディスクよりも安定で、46億年以上にわたって磁場を記録できる。粒子の外側に見られる磁力線は粒子からの漏れ磁場で、リュウグウ母天体の内部が温まり、水と鉱物の反応が起こった時の磁場環境を反映している。
Science(DOI:10.1126/science.abn8671)より転載
II【本研究の詳細】
① 背景
小惑星や彗星等の小天体は、地球等の惑星とは異なり、あまり進化しない始原的な天体として知られています。したがって、太陽系に存在する小惑星は、太陽系が誕生した頃の情報を持っていると考えられます。これまで人類は、始原的な小天体に由来すると考えられる隕石を分析することで、太陽系がどのように誕生し、どのように進化してきたのか、さらには私たちのような生命の起源がどのようなものであったのかについて議論してきました。しかしながら、隕石の起源天体の特定は殆ど不可能であり、地球環境の影響を長期間受けているため、隕石と起源天体の形成場所・軌道進化を関連付けた議論は限定的でした。一方、はやぶさ2探査機が持ち帰った小惑星リュウグウの試料はその由来が明快であり、人類が手にした最も新鮮な始原的試料であるため、その特性を調べることで太陽系の形成史や生命の起源を読み解く重要な手がかりが得られると期待できます。
② 研究手法
我々の研究グループ(JFCC、北大、日立)はリュウグウ試料に含まれる鉱物のうち生成環境の情報を磁場の形で保持している磁鉄鉱粒子(マグネタイト)に着目し、その磁場分布を電子線ホログラフィーにより直接観察しました。マグネタイト粒子は、リュウグウが母天体に属していた時に生成されたと考えられています。電子線ホログラフィーは、透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope: TEM)技術の一つであり、ナノメートル領域の磁場分布を定量的に観察できる特長があります。本研究では、図2(a)に示す電子線ホログラフィー専用のTEMを用いました。また、観察試料は、小惑星リュウグウの試料(図2(b))の一部からクライオ集束イオンビーム法(cryo-FIB)※2により超薄切片を取り出すことで作製しました。本実験で最も気を付けた点は、試料の変質・劣化に伴う磁場分布の変化を避けることでした。磁場分布が変化しないように、試料の受け取りからホログラフィー観察まで50 μT以下の弱磁場環境で保持し、大気暴露はバルク試料搬送時の短い時間(15秒以下)に抑えました。
③ 研究成果
実験結果を図3に示します。TEM像(図3(a))では、粒径1 µm程度の粒子が観察されていることがわかります。これらの粒子は、エネルギー分散型X線分析※3(図3(b1)、(b2))と電子回折図形※4(図3(c i)-(c iv))の解析の結果、磁鉄鉱(Fe3O4)であることがわかりました。図3(d1)、(d2)はそれぞれ図3(a)中の矩形領域1、2のホログラフィー観察により得られた磁力線・磁場分布(カラーホイールマップは磁場の方向と強さを表す)を示しています。図3(d1)、(d2)より、磁鉄鉱粒子の内部に渦状磁区が形成されていることがわかります。これは地球上の天然の磁鉄鉱では観察例がない磁区構造です。また、図3(d1)、(d2)で観測された粒子外部の漏れ磁場は、小惑星の残留磁化の主要な担い手を世界で初めて可視化した成果です。リュウグウの残留磁化は太陽系形成期の環境を反映しているため、今後、例えば今回の結果に基づく物質移動シミュレーションにより太陽系形成に要した時間を紐解くことができると期待されます。