プレスリリース

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概要

 九州大学エネルギー研究教育機構(Q-PIT)、稲盛フロンティア研究センターおよび大学院工学府材料物性工学専攻修士課程の清水雄太氏、兵頭潤次特任助教、山崎仁丈教授の研究グループは、大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻の藤井進助教、ファインセラミックスセンターナノ構造研究所の桑原彰秀主席研究員と共同で、計算とデータ科学を用いてプロトン伝導性酸化物の設計指針を構築し、たった一度の実験で非従来型プロトン伝導性酸化物を複数合成することに成功しました。この材料設計指針を用いることで、プロトン伝導性酸化物やそれを利用した固体酸化物形燃料電池(SOFC)注4)の開発が大幅に進展することが見込まれます。また、構築した探索手法を他材料へと応用することで、革新的材料開発が様々な分野で加速されることが期待されます。
 プロトン伝導性酸化物を利用したSOFCの開発は、水素社会注5)実現のための重要な課題の一つです。既知のプロトン伝導性酸化物の多くはペロブスカイト型の結晶構造を有しており、その他の結晶構造を持つ化合物はあまり探索されてきませんでした。その理由の一つは、材料中に水蒸気(プロトン)を取り込むために必要なアクセプター元素(ドーパント)注6)の組み合わせが膨大な数になるためです。材料探索に共通する課題ですが、無数の候補から一握りの有望な材料を抽出することはこれまで困難でした。
 本研究グループは、ハイスループットな材料科学シミュレーションと物理解釈可能な機械学習モデルを用いることによって、ベースの化合物とドーパントの組み合わせを適切に選択し、材料中にプロトンを導入するための材料設計指針を提案しました。この設計指針に基づき、Pb添加Bi12SiO20およびSr添加Bi4Ge3O12を選択したところ、それぞれたった一度の試行で合成することに成功し、どちらも新規プロトン伝導性酸化物であることを実験的に証明しました(図1)。特に前者は、シレナイト型注7)構造を持つ化合物としても、14および15族の陽イオンのみから構成される化合物としても、世界で初めてのプロトン伝導性酸化物です。プロトン伝導体探索において新たなフロンティアを切り開いたと言えます。
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR18J3)、科学研究費補助金(JP19H05786、JP22H04914、JP22H05146)、東京大学物性研究所スーパーコンピュータ共同利用、富岳成果創出加速プログラム(電池課題、物理化学課題)および九州大学エネルギー研究機構モジュール研究プログラムの支援を受けました。
 本研究成果は、日本時間2023年9月12日(火)にJohn Wiley & Sonsの国際学術誌「Advanced Energy Materials」でオンライン公開されました。

非従来型プロトン伝導体の発見、適切な材料選択のための「人が理解可能」な機械学習

(図1)本研究で開発した非従来型プロトン伝導性酸化物の効率的探索手法。計算とデータ科学により新規プロトン伝導体の設計指針を提案し、得られた知見に基づいて2種類の候補材料を合成したところ、それぞれたった一度の実験で非従来型プロトン伝導体であることを発見した。

【研究の背景】

 SOFCは、二酸化炭素を排出することなく、水素燃料から直接発電することが可能な電気化学デバイスであり、カーボンニュートラル実現への鍵となる技術として期待されています。SOFCの高性能化には、プロトンが高速伝導できる固体電解質注8)の開発が必要です。1981年、ペロブスカイト型の結晶構造を持つセリウム酸ストロンチウム(SrCeO3)におけるプロトン伝導性が発見されて以来、材料開発の中心は常にペロブスカイト型酸化物でした。近年でも、山崎教授らのグループは、ジルコン酸バリウム(BaZrO3、図2左)にアクセプター元素としてスカンジウム(Sc)を高濃度に添加することによって、400℃で0.01 S/cmを超える高いプロトン伝導度を実現することに成功しています。
 一方、工学的デバイスの開発において革新的なイノベーションをもたらすのは、斬新なアイデアから創り出される全く新しい材料であることも多いです。この観点からすると、ペロブスカイト型酸化物のみならず、他の結晶構造を基盤としたプロトン伝導性材料の可能性を追求することも重要です。しかしながら、非ペロブスカイト型のプロトン伝導性酸化物の探索は、多くの研究者から敬遠されてきました。その理由は、従来行われてきた試行錯誤型の実験アプローチでは、新しいプロトン伝導性酸化物を発見できる確率があまりにも低いからです。プロトン伝導性固体電解質を作り出すためには、まずプロトンが伝導可能なベースとなる化合物(ホスト)を決める必要があります。次に、ホスト化合物中に固溶可能なドーパントを探し出し、ドーパント固溶によって酸素空孔を作り出します(図1左上)。そして、水蒸気が酸素空孔を介してホスト化合物中に取り込まれた場合にのみ、プロトンが導入されます(水和反応)。ドーパント固溶、水和反応、プロトン伝導、この全ての条件を満たすホストとドーパントの組み合わせを見つけなければなりません。既知の酸化物だけでも数万にのぼる化合物が知られており、それらとドーパント元素の組み合わせは膨大な数になります。従来型の研究アプローチでは、とても太刀打ちできませんでした。

BaZrO3(ペロブスカイト型)
Bi12SiO20(シレナイト型)
Bi4Ge3O12(ユーリタイト型)

(図2)ペロブスカイト型BaZrO3(左)と、本研究でプロトン伝導性酸化物として発見されたシレナイト型Bi12SiO20(中)およびユーリタイト型注9)Bi4Ge3O12(右)の結晶構造。

【研究成果】

 本研究では、材料科学シミュレーションとデータ科学を活用することにより、効率的に新しいプロトン伝導性酸化物を探索する枠組みを開発しました。第一原理計算注10)を用いると、プロトン伝導のしやすさ、水和反応の起こりやすさ、ドーパントの固溶しやすさを個別に、かつ高精度に評価することができます。これを、様々な結晶構造を持つ酸化物に対して系統的に実施することで、プロトン伝導性酸化物開発のためのデータを大量に収集しました。そして、その中でも特に探索が難しい部分、つまり水和反応とドーパント固溶のデータに対して機械学習注11)を行うことで、材料のどのような要素が水和しやすさ、ドーパントの固溶しやすさに影響を与えるのかを解釈しました。すると、ペロブスカイト型構造が水和においてもドーパント固溶においても、構造的に非常に有利であることが分かりました。過去の研究者のペロブスカイト構造を中心とした経験に基づく探索も、理にかなったものだったと言えます。一方、他の結晶構造はドーパント固溶においては不利であるものの、ホスト化合物とドーパント元素の化学的特徴(イオン半径注12)、電気陰性度注13)など)を適切に選択すれば、この構造的不利を克服可能であることが判明しました(図3)。この設計指針に基づくと、Pb添加Bi12SiO20(図2中)およびSr添加Bi4Ge3O12(図2右)が新規プロトン伝導性酸化物の有力な候補であることが分かりました。実際に合成したところ、それぞれたった一度の実験で、これらがプロトン伝導性酸化物であることを実証できました。材料科学シミュレーション、データ科学および実験の融合により、新規プロトン伝導性酸化物の開発が大幅に加速されたと言えます。
 今回発見されたプロトン伝導性酸化物のうち、Pb添加Bi12SiO20は、シレナイト型の構造を持つ化合物としても、14および15族の陽イオンのみで構成された化合物としても、世界初のプロトン伝導体です。既知のプロトン伝導性酸化物のほとんどは、Sr2+、Ba2+、La3+といったサイズの大きい陽イオンを含んでいますが、この常識を覆しました。また、Bi12SiO20中では、ペロブスカイト型構造とは異なる特殊なプロトン伝導経路が形成されますが、それにも関わらず、ペロブスカイトに匹敵する高速なプロトン伝導性を示すことも分かりました。材料中に取り込むことが可能なプロトンの数がペロブスカイトには及ばないため、電解質としての性能はあまり高くありませんが、今後の周辺材料探索や最適化によって改善する余地は大いにあります。

Bi12SiO20中におけるPb2+の固溶エネルギー

(図3)機械学習によって明らかになったPb添加Bi12SiO20の構造的・化学的特徴がドーパントの固溶しやすさに与える影響。

【今後の展望】

 本研究により、Pb添加Bi12SiO20やSr添加Bi4Ge3O12以外にも、様々な非ペロブスカイト型のプロトン伝導性酸化物の候補が提案されました。この提案を起点にプロトン伝導性酸化物の探索範囲が大幅に拡張され、固体酸化物形燃料電池の開発が進展することが期待されます。また、本研究で開発した研究手法は、一部を改変することによって、他の材料科学の応用分野にも適用することが可能です。これにより、様々な分野で革新的材料開発が加速的に実行されることが期待されます。

用語説明

注1)プロトン伝導性酸化物

 材料内部で水素の陽イオンであるプロトン(H+)が伝導可能な酸化物。

注2)ペロブスカイト型

 結晶構造(原子の規則的な並び方)の一つで、ABO3の化学式を持つ。AとBは異なる種類の陽イオンである。図2左に例としてジルコン酸バリウムBaZrO3(A=Ba; B=Zr)を示している。Bイオンが6つのOと強固に結合し、BO6八面体を形成する。このBO6八面体がOを共有することでネットワークを作り、その隙間をAイオンが埋めている。酸化物の代表的な結晶構造の一つであり、様々な機能を持つ化合物が報告されている。

注3)ハイスループット計算

 計算技術により大量のデータを獲得する計算手法のこと。本研究ではスーパーコンピュータと自動化プログラムを活用して、様々な酸化物の機能と合成しやすさに関するデータを取得した。

注4)固体酸化物形燃料電池

 酸化物を固体電解質注8)として用いた燃料電池(SOFC: Solid Oxide Fuel Cell)。水素等の燃料と酸素によって生じる化学エネルギーを高効率に電気に変換可能な電気化学(発電)デバイスである。

注5)水素社会

 水の電気分解による水素生成、水素の輸送や貯蔵、燃料電池等を用いた水素による発電など、水素を軸とした技術を通じて、カーボンニュートラルの実現を目指す社会のこと。

注6)アクセプター元素(ドーパント)

 あるホスト化合物に含まれる陽イオンよりも、価数の低い陽イオンとなる元素のこと。例えば、Bi3+に対するPb2+のことを言う。アクセプター元素を添加すると、電気的中性を保つために酸化物イオン(O2-)が欠損した空孔が形成される。この酸化物イオン空孔の場所に水蒸気(H2O)が入り込み、分解することによって、酸化物中にプロトン(H+)が導入される。

注7)シレナイト型

 結晶構造の一つで、A12BO20の化学式を持つ。図2中にBi12SiO20(A=Bi; B=Si)を示している。Biの特殊な結合性によって生じる珍しい結晶構造である。その構造のほとんどを、Aが5つのOと結合したAO5多面体が占め、その隙間を強固に結合したBO4四面体が埋めている。この構造を有するプロトン伝導体は全く知られていなかったが、本研究により初めてそのプロトン伝導性が発見された。

注8)固体電解質

 材料内部でイオンが伝導可能な固体物質。金属や半導体では電子が移動することによって電流が生じるが、固体電解質では電荷を持ったイオンが移動することで電流が生じる。プロトン伝導性固体電解質では1価のプロトン(H+)が移動する。電子よりもイオンが移動しやすくなければ、固体電解質としては利用できない。

注9)ユーリタイト型

 結晶構造の一つで、A4B3O12の化学式を持つ。図2右にBi4Ge3O12(A=Bi; B=Ge)を示している。こちらもBi等の特殊な結合性によって生じる珍しい結晶構造である。この構造では、Aが6つのOと歪んだAO6八面体を形成し、それらを強固な結合を持つBO4四面体が繋いでいる。

注10)第一原理計算

 経験的な実験結果を参照せずに、分子や結晶の構造情報から量子力学に基づいて電子状態、エネルギー、原子間に働く力等を計算する手法。いくつかの構造のエネルギーを比較することによって、ドーパント固溶や水和反応の起こりやすさを評価することが出来る。

注11)機械学習

 何らかのアルゴリズムにより、機械(コンピューター)にデータの規則性等を学習させ、データの予測や分類を可能にする方法。

注12)イオン半径

 イオンの大きさ。物質中でイオン化した原子が球形であるとみなした時の、その半径のこと。

注13)電気陰性度

 原子が電子を引き寄せる強さのこと。陽イオンになりやすい元素で低く(例:Li+、Na+)、陰イオンになりやすい元素で高い(例:O2-、Cl-)。

論文情報

タイトル:Discovery of Unconventional Proton-Conducting Inorganic Solids via Defect-Chemistry-Trained Interpretable Machine Learning

著者名:Susumu Fujii, Yuta Shimizu, Junji Hyodo, Akihide Kuwabara, Yoshihiro Yamazaki

掲載誌:Advanced Energy Materials

DOI:10.1002/aenm.202301892

山崎仁丈教授

山崎仁丈教授からひとこと:
極めて難しい非ペロブスカイト系プロトン伝導性酸化物の発見を効率的にできる手法開発に成功しました。本手法をさらに拡張することで、多種多様な材料やデバイスを加速的に開発し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献できる日が来るのが楽しみです。

【問い合わせ先】

<研究に関すること>

山崎 仁丈(ヤマザキ ヨシヒロ)
九州大学エネルギー研究教育機構(Q-PIT)
大学院工学府材料工学専攻 / 教授
〒819-0395
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電話:092-802-6966
FAX:092-802-6967
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藤井 進(フジイ ススム)
大阪大学
大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻 / 助教
〒565-0871
大阪府吹田市山田丘2-1
電話:06-6879-7476
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桑原 彰秀(クワバラ アキヒデ)
ファインセラミックスセンター
ナノ構造研究所 / 主席研究員
〒456-8587
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研究担当者
ナノ構造研究所 桑原彰秀(くわばらあきひで)