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本研究の

I【概要】

① 現状

 カーボンニュートラルに向けて、ガソリン車を電気自動車に代替する動きが加速していますが、電気自動車は充電時間の長さが課題です。電気自動車の本格的な普及には、高速充放電が可能なリチウム(Li)イオン電池が必要であり、そのためには、電池内部でスムーズにLiイオンを伝導させることが重要です。これまで、高速充放電が可能な電池材料として、チタン酸リチウム負極(注1)が開発されてきましたが、チタン酸リチウム内部でどのようにLiイオンが動いているか、どのようにLiイオンを吸蔵・放出しているかは未だ明らかになっていませんでした。より高速な充放電動作が可能な材料を開発するためには、材料内部でのイオン伝導現象を正しく理解し、イオン伝導を促進する必要があります。しかしながら、材料内部のイオン伝導はナノメートルスケールの微小領域で生じるため、このイオン移動を明らかにした研究はこれまでほとんどありませんでした。

② 本研究の成果

 一般財団法人ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所 電子顕微鏡インフォマティクスグループの野村優貴らの研究グループは、電池を透過電子顕微鏡(注2)内部で充放電させながらLiイオン分布を観察するオペランド(注3)透過電子顕微鏡法により、チタン酸リチウム負極を伝導するLiイオンの動きをナノメートルスケールかつリアルタイムで可視化することに成功しました。その結果、チタン酸リチウムにLiイオンを吸蔵する過程と放出する過程で、材料内部に非対称なLiイオン分布が形成されていることが明らかとなりました。この結果は、Liイオン吸蔵時にはLiイオンが材料表面を伝導するのに対し、放出時には材料内部(バルク)を伝導していることを示しています。チタン酸リチウムの表面・粒界(注4)をLiイオンが伝導するという特異な現象を世界で初めて解明しました。
 本成果は2023年10月30日に英国王立化学会「Journal of Materials Chemistry A」に掲載されました。

走査透過電子顕微鏡画像
Li吸蔵中のLiイオン分布
Li放出中のLiイオン分布

チタン酸リチウムのLiイオン分布。明るい領域はLiイオン濃度が高いことを示す。Liイオン吸蔵時にはチタン酸リチウム表面をLiイオンが伝導し、放出時には材料内部(バルク)を伝導していることが分かる。

③ 今後の展開

 本研究によって、多数の表面・粒界を有するチタン酸リチウム材料が高速充放電性能を有する可能性が示されました。本コンセプトの実証により、高速充放電可能な電池材料の開発を加速します。

II【本研究の詳細】

① 現状と課題

 近年、電気自動車の普及に向けて高容量・高出力・高安全なリチウム(Li)イオン電池の研究開発が進められています。電気自動車の課題である充電時間の長さを克服するには、電池を構成する正極・負極および電解質(注5)の内部および界面でスムーズにLiイオンを伝導させる必要があります。これまで、高速充放電が可能な材料として、チタン酸リチウム負極が開発されてきました。チタン酸リチウム負極はLiイオンの吸蔵・放出にともなう二相共存反応(注6)によって、異なる組成を有する2相(Li4Ti5O12とLi7Ti5O12)に分離することが知られていますが、材料内部のLiイオン伝導メカニズムは完全には明らかになっていませんでした。特に、材料の表面や粒界のLiイオン伝導現象に関する研究は非常に少なく、これらのナノメートルスケールの微小領域におけるイオン伝導現象の詳細はほとんど明らかになっていませんでした。より高速な充放電を実現するためには、チタン酸リチウム内部のLiイオンの動きを理解し、高速なイオン伝導が可能な材料・構造を設計する必要があります。しかしながら、Liの分析(注7)が困難なことや、大気中の水分等のあらゆる外部刺激によってLiイオン電池材料が変質しやすいことから、これまでチタン酸リチウム内部のイオン伝導をリアルタイムで直接観察した研究はほとんどありませんでした。

② 研究手法

 実験用に作製した全固体Liイオン電池(注8)を透過電子顕微鏡内部で充放電し、駆動中の電池内部で生じる組成・構造変化をその場観察しました。電子エネルギー損失分光法(注9)を用いてLiイオン分布をオペランド観察することによって、チタン酸リチウムへのLiイオンの吸蔵・放出過程をナノメートルスケールで直接観察することができます。

③ 研究成果

 図1に、Liイオンの吸蔵反応中に生じるチタン酸リチウム負極のLiイオン分布を示します。図中の明るい領域はLiイオン濃度が高いことを示しており、Liイオンの吸蔵時には、表面を介してLiイオンが拡散することが示されました。次に、図2にLiイオンの放出反応時に生じるチタン酸リチウム負極のLiイオン分布を示します。図1とは異なり、Liイオンの放出時には、表面を介さず材料内部(バルク)を通ってLiイオンが拡散することが示されました。この結果は、Li4Ti5O12とLi7Ti5O12および表面のLiイオン伝導速度が異なることを示しています。通常予想されるイオン伝導現象とは全く異なる特異的な現象であり、本研究によって世界で初めて明らかになりました。このような空間的に非対称なLiイオン伝導現象を示す電池材料の報告はほとんどなく、チタン酸リチウム負極特有の現象です。表面以外にも、粒界における高速なイオン伝導現象を可視化することにも成功しています。本研究の結果は、多数の表面・粒界を有する二次粒子構造(注10)によって、より高速なイオン伝導が可能となることを示しており、高速充放電を可能にする負極材料の開発を加速する成果です。

図1. Li吸蔵反応中のチタン酸リチウム負極のLiイオン分布。(a) 走査透過電子顕微鏡像。電子エネルギー損失分光法によって青破線内のLiイオン分布をオペランド観察した。(b) Li吸蔵反応中のLiイオン分布の変化。明るい領域はLiイオンの濃度が高いことを示す。白破線領域はチタン酸リチウム粒子の表面を示す。表面に沿って、Liイオン濃度が上昇していることが分かる。
図2. Li放出反応中のチタン酸リチウム負極のLiイオン分布。(a) 走査透過電子顕微鏡像。電子エネルギー損失分光法によって青破線内のLiイオン分布をオペランド観察した。(b) Li放出反応中のLiイオン分布の変化。Liイオン濃度が表面に沿って低下しておらず、材料内部(バルク)を通ってLiイオンが拡散することを示している。この結果は、Li吸蔵反応とLi放出反応で、Liイオンの拡散経路が異なることを示す。

④ 今後の展開

 本研究によって、二次粒子構造を有するチタン酸リチウム材料が高速充放電性能を有する可能性が示されました。本コンセプトの実証と反応メカニズム解明により、高速充放電可能な電池材料の設計開発指針を明確化し、高出力なリチウムイオン電池の開発およびカーボンニュートラルの実現を加速します。

【論文情報】

本成果は2023年10月30日に英国王立化学会「Journal of Materials Chemistry A」に掲載されました。

タイトル:Visualizing asymmetric phase separation driven by surface ionic diffusion in lithium titanate

著者:Yuki Nomura*, Kazuo Yamamoto, Tsukasa Hirayama

掲載誌:Journal of Materials Chemistry A, 11, 23243–23248 (2023).

DOI:10.1039/D3TA04956F

【研究助成】

 本研究は、防衛装備庁・安全保障技術研究推進制度「AI的画像解析によるオペランド電子顕微鏡計測技術に関する研究」(PJ004596)、日本学術振興会・科学研究費助成事業・新学術領域「高度計測の統合利用による蓄電固体界面の物理化学局所状態の解明」(19H05814)、基盤研究(A)「電子顕微鏡による全固体電池固固界面イオンダイナミクス計測」(23H00241)、基盤研究(B)「高速オペランド電子線ホログラフィーの開発と電荷挙動解析への応用」(23H01858)、若手研究「全固体Li電池の低ドーズオペランド透過電子顕微鏡法の開発」(23K13837)、(公財)花王芸術・科学財団・研究助成、(公財)村田学術振興財団・研究助成の支援を受けて実施されたものです。

【用語説明】

注1) チタン酸リチウム負極

 組成式Li4Ti5O12で示される立方晶型負極材料。Liイオンの吸蔵にともなってLi7Ti5O12に相転移し、Liイオンの放出にともなってLi4Ti5O12に戻る。

注2) 透過電子顕微鏡

 可視光の代わりに、電子線を用いて試料の拡大像を得る材料分析装置。マイクロメートル~オングストロームスケールの構造・組成を観察できる。

注3) オペランド

 動作中(operationやworking)を意味するラテン語であり、測定対象が実動環境下でその機能を発現する過程を直接観測する技術

注4) 粒界

 隣接する結晶粒の界面のことであり、結晶粒内部とは異なる原子配列を有する。

注5) 正極・負極および電解質

 電池を構成する材料。正極と負極はLiイオンを吸蔵・放出する材料。電解質はLiイオンなどの反応イオンを輸送する材料であり、正極と負極の間に配置される。

注6) 二相共存反応

 異なる組成の二相が共存した状態で進行する反応。この反応では反応電位が一定値をとる。

注7) Liの分析

 Liは原子番号3の軽元素である。他の重い元素に比べて、Liと衝突して散乱するX線や電子の数が他の重い元素に比べて極端に少ないため、分析で検出することが難しい。

注8) 全固体Liイオン電池

 液体の電解質ではなく、固体の電解質を用いる電池。電池全体が固体の材料で構成される。

注9) 電子エネルギー損失分光法

 試料と相互作用してエネルギーを損失した電子を計測し、材料の組成・電子状態を解析する手法。透過電子顕微鏡を用いた分析手法の一つ

注10) 二次粒子構造

 単結晶の一次粒子が集まって凝集体となった粒子。二次粒子内部には多数の粒界が存在する。

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研究担当者
ナノ構造研究所 野村優貴(のむらゆうき)