プレスリリース

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概要

 京都大学大学院人間・環境学研究科 山本健太郎 特定准教授(研究当時、現:奈良女子大学研究院工学系准教授)、内本喜晴 教授、トヨタ自動車 三木秀教 主幹、京都大学大学院工学研究科 陰山洋 教授らの研究グループは、東京大学、量子科学技術研究開発機構、ファインセラミックスセンター、東京工業大学と共同で、リチウムイオン二次電池※1 を超える次世代の二次電池として期待されている全固体フッ化物イオン二次電池※2 用の新規インターカレーション※3 正極材料の開発に成功しました。本研究ではペロブスカイト型酸フッ化物 La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2 正極が 200 mAh/g の高い容量、優れたサイクル特性および出力特性を示すことを見出しました。充放電機構を共鳴非弾性 X 線散乱※4 など様々な分析技術を用いて多角的に解析した結果、La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2 正極は充電時に構造内で酸素分子結合を形成する(酸化物イオンの電荷補償を活用する)ことで、結晶構造から予想されるよりも遥かに多くのフッ化物イオンを可逆的に挿入可能にしていることを明らかにしました(図 1)。得られた知見を活かすことで、さらに高容量のインターカレーション正極の開発が期待されます。
 本成果は、2024 年 1 月 9 日に米国の国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。

La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2正極の充放電反応の模式図
図 1 La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2正極の充放電反応の模式図。

1.背景

 持続可能なエネルギー社会の実現に向けて、効率的なエネルギー貯蔵システムの開発が進められています。リチウムイオン二次電池は、高エネルギー密度、高出力密度、長期耐久性などの理由から、広く普及しています。しかし、電気自動車の長距離化や系統蓄電へのニーズが高まっており、リチウムに頼らない高エネルギー密度の二次電池開発が求められています。この要求を満たすために、リチウムイオンとは異なるキャリアイオンを用いた二次電池が提案されています。現行のリチウムイオン二次電池を凌駕するエネルギー密度の二次電池を開発するためには、正極および負極に多電子反応を利用することが考えられますが、マグネシウムイオン(Mg2+)やアルミニウムイオン(Al3+)などの多価イオンは固体内での拡散が遅いことなど速度論的に不利な要素が多くあります。しかし、1 価のアニオンであるフッ化物イオン(F)をキャリアとして用いる場合、Fはイオン半径が小さく(1.33 Å)、酸化物イオン(O2‒)のイオン半径(1.40 Å)とほぼ同じであるにもかかわらず 1 価であるため固体中の高速なイオン伝導が可能です。このような特徴から Fをキャリアとして用いる全固体フッ化物イオン二次電池は理論的には高エネルギー密度、高出力が見込める二次電池として注目を集 めています。従来、正極材料として金属/金属フッ化物が開発されてきましたが、これらの正極材料は充放電時、つまりフッ化/脱フッ化時におけるイオン・電子伝導度の急激な低下や大きな体積変化のため、サイクル特性や出力特性が乏しくなるという課題が存在します。そのため、電極材料のサイクル特性や出力特性の課題解決に向けて、リチウムイオン二次電池で適用されている電極材料と同様に、トポタクティック※5 な Fのインターカレーション反応を利用する正極材料が開発されつつあります。これらの材料は金属/金属フッ化物と比較して、サイクル特性や出力特性が劇的に向上するものの、利用な可能な容量が小さくなるという問題点がありました。

2.研究手法・成果

 本研究では Ruddlesden-Popper 型ペロブスカイト構造を有する La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2酸フッ化物が、結晶 構造から予想されるよりも遥かに多くの Fを可逆的に挿入可能であり、既存のリチウムイオン二次電池正極材料を超える 200 mAh g-1という高い可逆容量を示すことを見出しました(図 2a)。また、同材料はサイクル特性と出力特性にも優れていることも見出しました(図 2b, c)。さらに大型放射光施設 SPring-8※6 における X 線回折、X 線吸収分光法、共鳴非弾性 X 線散乱法など様々な分析技術を用いることで、La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2正極の反応機構を多角的に解析したところ、充放電時に結晶構造が可逆的に変化していること、遷移金属カチオンに加えて酸化物イオンが電荷補償を担っていること、酸化物イオンが電荷補償をする際に構造内で酸素分子結合が形成することで(図 3)過剰な Fの挿入を可能にしていることを明らかにしました。これらの結果が、La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2正極の高容量、高サイクル特性、高出力特性につながっていることを示しました。

3.波及効果、今後の予定

 本研究ではペロブスカイト構造を有する La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2 酸フッ化物が充電時に構造内で酸素分子結合を形成することで高い容量を示し、サイクル特性、出力特性にも優れていることを見出しました。ペロブスカイト化合物は元素の選択性と構造が豊富であることから、構造内の酸素分子結合の形成を利用した過剰なフッ化物イオンの挿入・脱離反応を制御することによって、La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2 よりもさらに高容量を示すインターカレーション正極材料とそれを用いた高エネルギー密度の全固体フッ化物イオン二次電池の開発が期待されます。

4.研究プロジェクトについて

 本研究の一部は科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業 「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域における研究課題「超高エネルギー密度・高安全性全固体電池の開発」(課題番号: JPMJMI18E2)、日本学術振興会 科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「複合アニオン化合物の創製と新機能(課題番号: JP16H06438、JP16H06440、JP16H06441)」、学術変革領域研究(A)「超セラミックス:分子が拓く無機材料のフロンティア(課題番号: JP22H05148、JP22H05146)、基盤研究(B)「過剰なフッ化物イオンの挿入・脱離反応を利用した新規鉄系酸化物正極の創成(JP21H02048)」による助成を受けて実施されました。

<用語解説>

(※1) リチウムイオン二次電池

エネルギー密度が高く、スマートフォンやノートパソコンなどの携帯機器や電気自動車の電源として利用されている二次電池です。正極・負極の電極と有機溶媒を用いた電解質が主な構成要素であり、リチウムイオンが動くことで充放電反応が進行します。移動用電源として用いられる場合、大型化とともにさらなる安全性の向上が開発の至上命題となっています。

(※2) 全固体フッ化物イオン二次電池

電解質として固体のフッ化物イオン伝導体が用いられ、正極・負極間でフッ化物イオンが動くことで充放電反応が進行する二次電池です。現在最も普及しているリチウムイオン二次電池と比較して、高エネルギー密度、高安全性、低コストが実現可能な次世代の二次電池系として期待されています。2011 年以降に研究開発が加速したましたが、克服すべき課題も多くあります。

(※3) インターカレーション

物質の空隙に他の物質が挿入される現象または反応の総称です。

(※4) 共鳴非弾性 X 線散乱法

物質の内殻準位に共鳴する X 線を照射し、散乱された X 線をエネルギー分解することによって、バルク敏感かつ元素ごとに、電子状態や振動などの素励起を調べることができる分光手法です。

(※5) トポタクティック

物質の基本骨格が保たれたまま、一部の元素が出入りすることを意味します。

(※6) 大型放射光施設 SPring-8

世界最高性能の放射光を生み出す施設で、兵庫県の播磨科学公園都市にあります。理化学研究所が所有し、その運転管理と利用促進は高輝度光科学研究センターが行っています。ほぼ光速で進む電子が磁石などによってその進行方向を変えられると、接線方向に電磁波が発生し、その電磁波を放射光といいます。SPring-8 では、この放射光を用いて、物質科学・地球 科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野の研究開発が加速的に進められています。

<論文タイトルと著者>

タイトル:Double-layered Perovskite Oxyfluoride Cathode with High Capacity Involving O‒O Bond Formation for Fluoride Ion Batteries

著者:Hidenori Miki, Kentaro Yamamoto*, Hiroyuki Nakaki, Takahiro Yoshinari, Koji Nakanishi, Shinji Nakanishi, Hideki Iba, Jun Miyawaki, Yoshihisa Harada, Akihide Kuwabara, Yanchang Wang, Toshiki Watanabe, Toshiyuki Matsunaga, Kazuhiko Maeda, Hiroshi Kageyama, and Yoshiharu Uchimoto

掲載誌:Journal of the American Chemical Society

DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.3c10871

<報道に関するお問い合わせ先>

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:somu02jimu.nara-wu.ac.jp

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Tel:052-871-3500 Fax:052-871-3599
:ressupjfcc.or.jp

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<参考図表>

Sr導入LaH3-δを電解質に用いた電気化学セルによる定電流放電測定の図

図2 La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2 正極の電気化学特性。a. La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2正極とリチウムイオン二次電池正極の重量容量と体積容量の比較、 b. サイクル特性、 c. 異なる電流密度での放電曲線。

充放電前後における La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2正極の O-K 吸収端での共鳴非弾性X線散乱測定

図3 充放電前後における La1.2Sr1.8Mn2O7-δF2正極の O-K 吸収端での共鳴非弾性 X 線散乱測定。約 1600 cm‒1の振動周波数が酸素分子結合の存在を示唆する。

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