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本研究の

I【概要】

 リチウム(Li)イオン電池の高速充放電には、電極材料内部の相境界の移動速度が極めて重要です。例えば、チタン酸リチウム※1に代表される二相共存系※2の電極材料は、Liイオンが出入りする際に、Liを取り込んだ相(Li-rich相)とLiを取り込んでいない相(Li-poor相)が相分離し、材料内部をその相境界が移動することでLiを吸蔵・放出します。そのため、相境界の移動速度が充放電速度を決定する要因の一つです。しかしながら、実際にどのような速度で電極材料内を相境界が移動しているのかは、これまで未解明でした。
 ファインセラミックスセンターは、物質・材料研究機構と共同で、オペランド※3走査透過電子顕微鏡法※4と電子エネルギー損失分光法※5を用いてチタン酸リチウム粒子内部のLiイオン分布をリアルタイム観察することに成功しました。Li挿入・脱離の際に形成される相境界の移動速度を定量評価した結果、充電時(Li吸蔵時)より放電時(Li脱離時)の相境界移動が著しく速いことが判明しました。この結果は、Li-rich相とLi-poor相内のLiイオン拡散の活性化エネルギーの差に起因しており、チタン酸リチウムが持つ高速放電性能の起源が視覚的に解明されました。
 今後は、チタン酸リチウムだけでなくリン酸鉄リチウム※6やグラファイト※7など、他の二相共存系の電極材料の解析も視野に入れ、相境界移動の速度論を比較・検討していきます。これにより、さまざまな材料で高速充放電性能が発現する要因が解明され、高出力バッテリーの開発が加速することが期待されます。
 本成果は2025年2月27日に米国化学会誌「ACS Energy Letters」に掲載されました。

 チタン酸リチウムの走査透過電子顕微鏡像(左)とLi脱離時(放電時)のLiイオン分布の変化(右)。明るい領域はLiを取り込んだ相(Li-rich相)を、暗い領域はLiを取り込んでいない相(Li-poor相)を示す。右図の矢印は相境界の移動方向を示す。図中の時間表示は反応開始からの時間経過を示す。相境界の移動距離と時間から移動速度を定量評価できる。

II【本研究の詳細】

① 現状と課題

 近年、電気自動車の普及に向けて高容量・高出力・高安全なリチウム(Li)イオン電池の研究開発が進められています。電気自動車の課題である充電時間の長さを克服するには、高速充放電が可能なLiイオン電池が不可欠です。充放電性能を左右する要因の一つに、電極材料内部で生じる“相境界”の移動があります。たとえば、チタン酸リチウムなどの二相共存系の電極材料では、Liイオンを取り込んだ相(Li-rich相)と取り込んでいない相(Li-poor相)が粒子内に同時に存在し、充放電時には両相を隔てる相境界が移動しながら反応が進行します。そのため、相境界の移動速度が充放電速度および充電時間に直結します。しかしながら、実際にどれほどの速度で相境界が移動しているのか、また、その温度依存性は明らかになっていません。

② 研究手法

 本研究では、オペランド走査透過電子顕微鏡法(STEM)と電子エネルギー損失分光法(EELS)を組み合わせた独自の観察手法をチタン酸リチウムに適用しました。具体的には、チタン酸リチウム粒子と固体電解質を用いて作製した全固体Liイオン電池※8の一部を極薄に加工し、その極小の電池を透過電子顕微鏡内で充放電させながら、Liイオン分布の変化を1.5秒の時間分解能でリアルタイム観察しました。さらに、温度や電流条件を変化させ、複数の粒子に対して相境界の動きを評価することでLiイオン拡散の活性化エネルギーを定量評価しました。

③ 研究成果

 観察結果から、Li脱離時には相境界の移動が円滑に進むことが判明しました(図1)。その一方で、Li挿入時には、粒子表面でLiイオンが滞留しやすく、相境界が移動しにくいことが明らかになりました(図2)。これは、表面近傍に形成されるLi-rich相のLi拡散が遅いことが原因と考えられます。さらに、温度や電流密度を変化させながら複数の粒子を解析したところ、相境界移動速度に関する定量値が得られました。アレニウス解析※9によって、相境界の移動を律速するLi拡散の活性化エネルギーがおよそ0.49 eV(Li-poor相)と0.59 eV(Li-rich相)であることが示され、充電・放電時の相境界移動速度の非対称性を定量的に説明できました(図3)。Li脱離時は活性化エネルギーが低い相が拡散経路となるため、相境界の移動が速く、Li挿入時は高いエネルギー障壁をともなう相が拡散経路となるため、相境界の移動が抑制されるというメカニズムが明らかになりました。
 本研究の成果は、高速充放電時におけるチタン酸リチウム内部のLiイオン輸送の実態を解明するうえで大きな前進です。これまで推測されていた「二相共存による相境界の移動が充放電特性を決める」というシナリオを視覚的に裏付けるだけでなく、「充電時と放電時の非対称性」や「温度依存の速度変化」などを定量的に評価できるようになりました。

図1 Li脱離時のチタン酸リチウム内のLiイオン分布の変化とその温度依存性。破線はLi-rich相とLi-poor相の相境界を示す。図中の時間表示は反応開始からの時間経過を示す。高温ほど相境界の移動が速い。

図2 Li挿入時のチタン酸リチウム内のLiイオン分布の変化とその温度依存性。破線はLi-rich相とLi-poor相の相境界を示す。図中の時間表示は反応開始からの時間経過を示す。いずれの温度においても、Li挿入と比較して相境界の移動が遅い。

図3 Li-poor相(Li4Ti5O12:上)とLi-rich相(Li7Ti5O12:下)の相境界移動定数(k)の温度依存性。グラフの傾きからLi拡散の活性化エネルギーEaを評価できる。

④ 今後の展開

 本研究で示したオペランドSTEM-EELS技術を活用した相境界移動速度の直接観察・定量評価は、チタン酸リチウム以外の二相共存系の電極材料にも応用できます。具体的には、リン酸鉄リチウムやグラファイトなど、充放電過程でLiイオン濃度に応じて複数の相が形成される材料に対して、同様に“リアルタイムかつナノメートルスケール”での可視化が可能になります。これにより、各材料特有の相境界形成・移動メカニズムの解明や、Li イオン輸送を妨げるボトルネックの解消に向けた指針が得られることが期待されます。最終的には、これらの知見と技術を総合的に活用し、電気自動車や家庭用蓄電池、さらには大規模な再生可能エネルギー貯蔵システムに至るまで、さまざまな次世代バッテリーの高性能化を実現していくことが目標です。本研究から得られた「相境界がどのような速度で動き、どのような条件下で停滞するのか」という定量的・実験的知見は、今後の電極材料開発において重要な役割を果たすことが期待されます。

掲載論文

本成果は2025年2月27日に米国化学会誌「ACS Energy Letters」に掲載されました。

タイトル:Imaging phase boundary kinetics in lithium titanate using operando electron energy-loss spectroscopy

著者:Yuki Nomura1,*, Kazuo Yamamoto1, Naoaki Kuwata2, Tsukasa Hirayama1

著者所属:1ファインセラミックスセンター,2物質・材料研究機構

掲載誌:ACS Energy Letters

DOI:10.1021/acsenergylett.5c00209

謝辞

 本研究は、防衛装備庁・安全保障技術研究推進制度「AI的画像解析によるオペランド電子顕微鏡計測技術に関する研究」(PJ004596)、日本学術振興会・科研費 基盤研究(A)「電子顕微鏡による全固体電池固固界面イオンダイナミクス計測」(23H00241)、基盤研究(B)「高速オペランド電子線ホログラフィーの開発と電荷挙動解析への応用」(23H01858)、若手研究「全固体Li電池の低ドーズオペランド透過電子顕微鏡法の開発」(23K13837)、科学技術振興機構・GteXプログラム(JPMJGX23S2)、および(公財)風戸研究奨励会の研究助成支援を受けて実施されたものです。

【用語説明】

※1 チタン酸リチウム

 組成式Li4Ti5O12で示される立方晶型負極材料。Liイオンの吸蔵にともなってLi7Ti5O12に相転移し、Liイオンの放出にともなってLi4Ti5O12に戻る。

※2 二相共存系

 異なる組成の二相が共存した状態で反応が進行する材料系。Liの吸蔵・放出にともなって2相の境界が移動しながら両者の割合が変化する。

※3 オペランド

 動作中(operationやworking)を意味するラテン語であり、測定対象が実動環境下でその機能を発現する過程を直接観測する技術

※4 走査透過電子顕微鏡

 可視光の代わりに、電子線を用いて試料の拡大像を得る材料分析装置。マイクロメートル~オングストロームスケールの構造・組成を観察できる。

※5 電子エネルギー損失分光法

 試料と相互作用してエネルギーを損失した電子を計測し、材料の組成・電子状態を解析する手法。透過電子顕微鏡を用いた分析手法の一つ

※6 リン酸鉄リチウム

 組成式LiFePO4で示されるオリビン型正極材料。Liイオンの脱離にともなってFePO4に相転移し、Liイオンの吸蔵にともなってLiFePO4に戻る。低コストと高安全性を両立する材料

※7 グラファイト

 炭素原子が平面的に六角格子を形成する構造を持つ負極材料。充放電時に、Liイオンがグラファイト層間へ可逆的に挿入・脱離する。Liイオン電池の主要な負極材料として広く利用されている。

※8 全固体Liイオン電池

 液体の電解質ではなく、無機固体の電解質を用いる電池。電池全体が固体の材料で構成される。

※9 アレニウス解析

 温度変化にともなう反応速度や拡散係数などを解析し、活性化エネルギーなどの動力学的パラメータを導出する手法。化学反応や相変化の速度論評価に用いられる。

<本研究の内容に関するお問い合わせ先>

一般財団法人ファインセラミックスセンター
ナノ構造研究所 電子顕微鏡インフォマティクスグループ 野村優貴
Tel:052-871-3500、Fax:052-871-3599
:y_nomurajfcc.or.jp

<報道に関するお問い合わせ先>

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研究企画部
Tel:052-871-3500 Fax:052-871-3599
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