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本研究の

I【概要】

 一般財団法人ファインセラミックスセンターと株式会社ⅠHⅠは共同で、次世代航空エンジン用複合材料の耐久性向上に資するコーティングの設計指針を示すことに成功しました。
 航空エンジンの燃費向上には、高圧タービン入口温度の上昇と冷却空気量の削減が重要であり、そのため、優れた耐熱性を持つ超軽量のSiC-CMCs※1(炭化ケイ素長繊維強化セラミック基複合材料)が適用されつつあります。しかし、SiC-CMCsは燃焼環境下での酸化劣化を受けやすく、これを防ぐためには環境遮蔽コーティング(EBC※2)の適用が不可欠です。近年、エンジンに吸入した火山灰や砂塵の溶融物(CMAS※3)によるEBCの損傷が深刻化しており、特に地球温暖化による砂漠化の進行によりCMAS誘起の腐食リスクが増大すると予測されています。そのため、次世代エンジンのEBCには高いCMAS耐性が求められています。
 本研究では、EBCのCMAS耐性を評価する新たな指標として、EBCと様々な化学組成を有するCMASからなる状態図※4に基づいて記述子※5S[i]/S0を導入し、その有効性を検証しました。ここで、S0はこの状態図上において、現実的に存在する化学組成のCMASとEBCで囲まれた領域の面積、S[i]は、この領域内においてEBCとCMAS間の反応により生成する結晶化合物が特定の組みわせ i で存在する領域の面積を示すものです。そして、これらの面積の比S[i]/S0の値が大きなEBCほど、優れたCMAS耐性を示すと予測しました。この指標に基づき、HfO2が固溶※6したYb2O3とYb3Al5O12から成る混合相(YbAHと称す)が最も高い耐性を持つと予測し、1400℃の高温環境下でCMASとの反応試験を実施しました。その結果、YbAHは他のEBC材料と比較してCMASの侵食深さが大幅に抑制されており、予測通り優れた耐性を示すことが実証されました。さらに、YbAHはCMASと反応して複数の耐熱性結晶相(apatite※7、garnet※8)を形成し、残存溶融物の量を効果的に減少させることも確認されました。以上より、本研究の計算状態図に基づく指標S[i]/S0は、次世代航空エンジンの耐久性向上に資する新たな材料設計指針として極めて有効であることがわかりました。

1440℃の擬三元系計算状態図

図1 YbO1.5-AlO1.5-HfO2擬三元系状態図上に示した記述子S[i]/S0の強度(左図)とS[i]/S0強度(計算値)と腐食深さ(実験値)の関係(右図)

II【本研究の詳細】

① 現状と課題

 航空機エンジンの燃費向上を図るには、高圧タービン入口温度の上昇と部品冷却のための圧縮空気量の削減が有効です。炭化ケイ素長繊維強化セラミックマトリックス基複合材料(SiC-CMCs)は、従来の耐熱合金に比べて超軽量で耐熱性に優れるため、部品表面温度が1200℃以上の高温に曝される箇所(静止部品)に適用されつつあります。しかし、SiC-CMCsは燃焼環境下で酸素や水蒸気による酸化劣化を受けるため、その実用化には、耐酸化性・耐水蒸気性・断熱性・耐熱サイクル性等に優れた環境遮蔽コーティング(EBC)が不可欠です。
 さらに近年では、エンジンに吸入した火山灰や砂等のCa–Mg–(Fe)–Al–Si–O粒子の溶融物(CMAS)が高温のEBC表面に付着し、EBCを激しく損耗する問題が深刻化しています。このCMAS損傷は、地球温暖化による砂漠化の進行とともに今後さらに顕在化すると予測されています。そのため、次世代の低燃費エンジンに使用されるEBCにはCMAS耐性に優れることが必須であり、これに関する研究が世界レベルで活発に進められております。
 従来の研究において、EBC素材とCMAS間の光学的塩基度(OB※9)を基に、EBC-CMAS間の反応性を理解することが試みられてきました。つまり、OB差が小さい場合ほど化学的性質が似ており、お互いが反応し難くなるという考えです。この指標はOB差が大きい材料間の組み合わせに対しては概ね成り立ちますが、OB差の小さいEBC-CMASの組み合わせやCMASのCa/Si比が大きい場合に対しては、実際の耐性と大きく乖離することがわかっております。また、これまで様々なEBC候補材とCMASとの反応性を評価・解析した研究が数多く報告されてきましたが、そのほとんどが材料毎の腐食挙動を明らかにしたものでした。例えば、EBC内部へのCMAS融液の浸食を抑制するには、EBC-CMAS間の反応によりapatite等の結晶性化合物を生成することで、融液残渣量を少なくし、さらなる融液のEBC内部への侵入を抑制することが有効であると考えられています。しかし、1300℃超の高温においてCMAS耐性に優れるEBCは未だ発見されておらず、優れたCMAS耐性を発現させるための“体系的な材料設計指針”は皆無でした。本研究は、この課題を解決する手法を提案したものです。

② 研究内容

 本研究では、耐熱性と耐水蒸気性に優れるYbO1.5-AlO1.5-SiO2やYbO1.5-AlO1.5-HfO2擬三元系のEBC素材に着目しました。初めに、これらの系からいくつかの代表的なモデルEBC焼結体を作製するとともに、Ca/Si=0.77の化学組成を有するCMASと1400℃で20時間反応させました。そして、反応後のEBC-CMAS断面のSEM観察とEDS-EBSD※10分析等より、反応により生成した腐食層厚さを決定しました。また、反応により形成した変質層中の結晶性化合物が、apataite、garnet、Yb4Al2O9、cuspidine※11、fluorite※12等からなるとともに、「apatiteとgarnetが共存し、かつ、Yb4Al2O9が少ない組み合わせ」ほど腐食層厚さが小さい傾向が確認されました。そこで、以下の熱力学計算によるCMAS耐性予測においては、これらの実験結果に基づく解析を行いました。
 図2に、CALPHAD※13法を用いて作成した、代表的なEBC候補材のYb2SiO5(YbMSと称す、化学組成:(YbO1.5)0.667(SiO2)0.333 )とCMASからなる1400℃の擬三元系計算状態図を示します。ここで、CMASの化学的性質はCa/Si比に支配されることから、二つの頂点の一つをS70 [(SiO2)0.7(MgO)0.06(FeO1.5)0.06(AlO1.5)0.1]、もう一方をC70 [(CaO)0.7(MgO)0.06(FeO1.5)0.06(AlO1.5)0.18]とし、この2点間の稜線が多様な化学組成を有するCMASを示しております。そして、残りの頂点がEBCのYbMSです。また、実際にこれまで報告されてきたCMAS組成は、概ねCa/Siモル比が0.11–1.5の範囲であることから、本研究では、図中の赤点線で囲まれた領域にある結晶性化合物に着目してCMASとEBC間の反応性を議論しました。すなわち、S0は、図中の赤点線で囲まれた領域の面積、S[i]は、この領域内においてEBCとCMAS間の反応により生成する結晶化合物が特定の組みわせ i で存在する面積を示します。そして、この領域内に存在する、apatite、Yb3Al5O12(garnet)、Yb4Al2O9(YbAM)、Yb2Ca2Si2O9 (cuspidine)の各相iに対して面積比S[i]/S0を算出し、その値が大きいほど相iが広範囲な化学組成を取り得るCMASとの反応により生成できると仮定しました。一例として、図2の赤三角領域内においてapatite、garnetの存在する領域を、各々、赤色、青色で示しました。なお、この場合のapatiteとgarnetの共存領域は青色となり、garnet領域と重なります。
 これらの一連の計算を、YbO1.5-AlO1.5-SiO₂系、YbO1.5-AlO1.5-HfO2系の擬三元系状態図内の全ての化学組成に対して実施しました。図3に指定した結晶相の組み合わせが存在する領域のS[i]/S0の強度マップをレインボーカラーで状態図上に重ねました。このS[i]/S0は、EBCとCMASとの反応により「apatiteとgarnetが共存するが、YbAMが存在しない領域」を示したものであり、黄緑色の領域が、広範囲な化学組成のCMASに対してこの組みわせの結晶性化合物が生成しうることを示しております。また、これらの擬三元系状態図において、最もCMAS耐性が優れるのは、HfO2が固溶したYb2O3とYb3Al5O12から成る混合相(YbAH)であると予測しました。
 図4に図3の各EBCの記述子(計算値)S[i]/S0と腐食層厚さ(実験値)の関係を示します。図4より計算値と実験値の相関性は高く、YbAHが最も高い耐性を持つという予測と一致しました。YbAHが優れたCMAS耐性を発現したのは、(1)HfO2がYb2O3に固溶することでYbAMの生成を伴うYbAHの分解反応が抑制されたこと、(2)CMAS成分を含む結晶性化合物の形成により、溶融残渣が効果的に削減されたためと考えられます。以上より、本研究で確立した熱力学計算に基づく記述子S[i]/S0は、CMAS耐性に優れる次世代EBCの設計指針として有用であると考えられます。

図2 代表的EBCの一つであるYbMSとCMASからなる1400℃の擬三元系計算状態図。図中の〇印は実験で使用したCMAS組成を示す。

図3 1400℃のYbO1.5-AlO1.5-SiO2系、YbO1.5-AlO1.5-HfO2系擬三元系計算状態図上に重ねた記述子S[i]/S0の強度マップ。ここで、S[i]/S0はEBCとCMASとの反応により「apatiteとgarnetが共存するが、YbAMが存在しない領域」の面積比を示す。

図4 S[i]/S0強度(計算値)とEBCの腐食深さ(実験値)の関係。ここで、S[i]/S0はEBCとCMASとの反応により「apatiteとgarnetが共存するが、YbAMが存在しない領域」の面積比を示す。

③ 成果の意義および今後の展望

 本研究では、次世代の低燃費エンジン向けEBCのCMAS耐性性向上に関する新たな指針を示すことに成功したことから、本研究の成果は、航空エンジンの耐久性向上に貢献し、燃費向上とCO2排出削減に寄与する重要な知見を提供します。なお、CMAS耐性はEBCの化学組成のみならず微細組織にも依存することから、今後は、これらの両因子を精密制御することでさらなる性能向上に向けた研究開発に取り組んでいきます。

論文情報

本成果は2025年2月20日に Elsevier 刊行の科学雑誌「Acta Materialia」オンライン版に掲載されました。

タイトル:Material design of environmental barrier coatings to mitigate against CMAS attack

著者:Satoshi Kitaoka, Makoto Tanaka, Naoki Kawashima, Taishi Ito, Daisaku Yokoe, Takeharu Kato, Takafumi Ogawa, Naoki Yamazaki, Kohei Doi, Takeshi Nakamura

掲載誌:Acta Materialia

DOI:https://doi.org/10.1016/j.actamat.2025.120843

謝辞

 本研究の一部は、NEDO助成事業「次世代複合材創製・成形技術開発プロジェクト」(JPNP20010)の支援を受けて実施したものです。

【用語説明】

※1 SiC-CMCs

 炭化ケイ素長繊維強化セラミック基複合材料の略語。SiC-CMCsの密度は現用のNi基系耐熱合金の約1/4~1/3であり、SiC-CMCsの耐熱温度は耐熱合金よりも約200℃高い。

※2 EBC

 Environmental Barrier Coating(環境遮蔽コーティング)の略語。本研究では、燃焼ガス中の高温水蒸気にに対して、優れた化学的安定性を有するYbO1.5-AlO1.5-SiO2やYbO1.5-AlO1.5-HfO2からなる化合物群、例えば、イッテルビウムYb基酸化物(Yb2SiO5、Yb2Si2O7、Yb2O3、Yb4Al2O9、Yb3Al5O12、並びに、その混合物)やハフニウムHf基酸化物(HfO2)等に着目した。

※3 CMAS

 エンジン内に取り込まれた火山灰や砂等がEBCが施された高温部品の表面に堆積・溶融し、EBCを激しく損傷させることが問題となっている。この溶融物の主成分がCa-Mg-(Fe)-Al-Si-Oであることから、それを総称して(CMAS)と呼ぶ。また、CMASによる損傷をCMAS損傷という。

※4 状態図

 物質内の異なる相が、組成・温度・圧力などの状態量によって、安定して存在する領域を図示したもの。平衡状態図とも相図ともいわれる。本研究の擬三元系状態図(擬三元相図)とは、三元系状態図に見えるが、実際には四元以上の成分を含む系の状態図のことを示す。

※5 記述子

 データや対象物の特徴を定量的に表現するための指標や数値のことを示す。

※6 固溶

 ある固体(主に金属や結晶)に別の元素や化合物が均一に溶け込んでいる状態を意味し、そのものを固溶体と呼ぶ。

※7 apatite

 一般式 M10(ZO4)3X2 で示される組成をもつ鉱物の総称。本研究では、CMAS成分を含む固溶体(Ca,Mg,Yb)2Yb8(SiO4)3O2である。

※8 garnet

 ガーネットの化学組成は、Nを2価、Mを3価の陽イオンとして一般式N3M2Si3O12で記述される。本研究では、Yb3Al5O12やCMAS成分を含む固溶体(Yb,Ca,Mg)3(Al,Fe,Mg)2(Al,Fe,Si)3O12である。

※9 OB

 Optical basicity(光学的塩基度)の略語。ガラス、スラグの塩基度の尺度の一つ

※10 EDS-EBSD

 EDSはEnergy Dispersive X-ray Spectroscopy(エネルギー分散型X線分光法)の略語。EBSDはElectron BackScatter Diffraction(後方散乱電子回折)の略語

※11 cuspidine

 cuspidineは、フッ素を含む単斜晶系のカルシウムシリケート鉱物で、化学式はCa4(Si2O7)(F,OH)2である。本研究では、同型構造のYb4Al2O9、Yb2Ca2Si2O9、並びに、CMAS成分を含むそれらの固溶体である。

※12 fluorite

 fluorite(蛍石)は、化学組成がCaF2であり、立方晶系に属する。本研究は、同構造のHfO2でありYbやCMAS成分を含む固溶体である。

※13 CALPHAD

 Computer Coupling of Phase Diagrams and Thermochemistry の略語。対象素材の熱力学的性質を表すGibbsエネルギーから状態図を計算により作成すること

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