リチウムイオン二次電池用LiCoPO4正極膜の充放電による劣化メカニズムの解明に成功
~次世代のリチウムイオン電池の性能向上に寄与~
2017年6月30日
I【概要】
① 現状
リチウム(Li)イオン二次電池は、正極、負極の間に電解質を介してLiイオンが移動することにより充放電反応が進行します。LiCoPO4正極材料は、平均放電電圧が4.8Vと高く、次世代の高エネルギー密度電極材料として期待されていますが、充放電の繰り返しにより電池の容量が低下することが報告されており、その劣化メカニズムについては明らかになっていません。
② 本研究の成果
ファインセラミックスセンターの幾原研究員らは、東京大学とトヨタ自動車と共同で、充放電前後のLiCoPO4正極膜試料を走査透過型電子顕微鏡(注1)で解析することにより、充放電による電池の劣化メカニズムを明らかにすることに成功しました。
化学溶液法(注2)により配向したLiCoPO4正極膜を作製し、充放電前後の正極膜試料について、走査透過型電子顕微鏡を用いて構造解析を行いました。その結果、充放電により、正極膜表面から5nmの範囲で、一部のLiサイトに、原子サイズの大きなCo原子が置き換わっていること(破線丸)、酸素の欠損によりリン酸(PO4)四面体構造が歪むことが判明しました(下図参照)。これらの構造劣化がLiイオンの移動を阻害し、電池容量が低下する電池劣化のメカニズムであることを明らかにしました。このように電池材料の構造と特性との相関性を解析することにより、電池表面構造の改善に向けたプロセス設計に指針が得られ、長寿命で高機能な二次電池材料開発に繋がることが期待されます。
③ 今後の展開
充放電による構造安定性に優れた次世代二次電池正極材料の研究開発を加速できるように研究を進めていきます。これらの成果は、リチウムイオン二次電池の性能向上に向けての電池材料の表面構造制御、界面設計に役立つものと期待されます。
本研究は、トヨタ自動車との共同研究の成果であります。また、本研究の一部は、NEDO 委託事業「革新型蓄電池実用化促進基盤技術開発(RISING II)、JSPS 科研費「基盤研究 C」(課題番号 JP26420693)の一環として実施した結果から得られた成果です。
本成果は2017年5月21日に、英国王立化学会「Journal of Materials Chemistry A」に掲載されました。
用語説明
注1) 走査透過型電子顕微鏡(STEM)
0.1nm以下にまで収束した電子プローブを観察試料に照射・走査し、原子による散乱を利用して原子像を取得する電子顕微鏡。
注2) 化学溶液法
CH3COOLi、Co(NO3)2・6H2OとNH4H2PO4を混合して反応することで、LiCoPO4前駆体溶液を調製した。これらの前駆体溶液を用いてAu(111)/Al2O3(0001)基板上に製膜し大気中700℃で焼成することでLiCoPO4膜を作製。
II【本研究の詳細】
① 現状と課題
リチウムイオン二次電池は、正極、負極の構造内において電解質を介してリチウムイオンが移動し充電・放電を繰り返すことができます。(図1参照)
電池特性の指標となるエネルギー密度は、容量密度と電圧の積となるため、高電圧の正極材料が開発されれば高容量の電池が実現可能になります。
現状のLiイオン電池の正極材であるLiCoO2の平均放電電圧3.9Vに比べ、オリビン型結晶構造(注3)を有するLiCoPO4正極材料は、平均放電電圧が4.8Vと高く、次世代の高エネルギー密度電極材料として期待されています。しかし、LiCoPO4正極材料は、充放電の繰り返しにより容量劣化することが報告されており、その原因の詳細は明らかになっていません。したがって、充放電による電極材料の構造劣化メカニズムを解明することは、長寿命電極材料を設計する上で重要であります。
② 研究成果
われわれは、リチウムイオンが結晶内を一軸方向に脱挿入するLiCoPO4正極膜を化学溶液法により作製し、負極にはリチウム箔を用いモデルセルを作製し充放電測定を行いました。3回の充放電前後の正極膜の膜内部および表面のナノ構造について、高角度環状暗視野(high angle annular dark field: HAADF)-STEM法(注4)により観察した結果、膜厚100nmの正極膜内部に比べ、LiCoPO4正極膜の表面から5nmの範囲で、表面構造が変化していることが判明しました。膜表面の白枠部分を拡大したHAADF-STEM像では、重い元素であるCoとP原子のサイト以外のリチウムサイトの一部が破線丸印で示すようにコバルトに置き換わっていることが明らかになりました。(図2参照)これは、充電の際にリチウムイオンが脱離した空のサイトにコバルトイオンが移動して欠陥構造が形成されたものと考えられます。
さらに電子エネルギー損失分光法(Electron Energy Loss Spectroscopy, EELS)などによる詳細な観察により、膜表面のリン酸四面体構造が歪んでいることも明らかになりました。充電により、リチウムイオンは正極膜の[010]方向に沿って、矢印のように表面から電解質、負極へ移動します。その際、リチウムイオンが脱離した空のサイトにコバルトイオンが移動することでリチウムサイトが塞がれ、放電の際にリチウムが戻るサイトが減少するため、電池容量が低下することが判明し電池劣化メカニズムを明らかにしました。
③ 今後の展開
今後も、充放電による構造安定性に優れた二次電池材料の研究開発を加速できるようにモデル電池による電池解析と構造相関性に関する研究を進めていきます。これらの成果は、次世代リチウムイオン二次電池用正極材料の性能向上に向けての電池材料の構造制御、界面設計に役立つものと期待されます。
用語説明
注3) オリビン型結晶構造
リチウムイオン電池正極材料(LiMPO4 ここでMは遷移金属Fe、Co、Ni、Mnなど)の代表的な結晶構造である。LiとCoは、6配位八面体位置を占め、Pが4配位四面体位置を占める。構造中をリチウムは [010]方向に一次元的に拡散することが計算から求められている。
注4) 高角度環状暗視野(High Angle Annular Dark Field: HAADF)STEM法
原子分解能STEMにおいて暗視野領域における高角度散乱された電子を環状検出器で検出することで、CoやPなどの原子番号の大きな原子の観察に有効な手法。