電極内部のリチウムイオン分布の変化をナノスケールで観察に成功
~リチウムイオン電池開発へ向けて大きく前進~
2018年7月25日
I【概要】
① 現状
低炭素社会実現へ向けてリチウムイオン二次電池の高性能化が重要な課題となります。電池性能を向上させていくには、電極内部でリチウムイオンがどのよう動いているのかを把握し、それをもとに最適な電池設計を行っていく必要があります。その第一歩として、ナノメートル(10億分の1メートル)スケールでリチウムイオン分布の変化を観察する技術が必要不可欠となります。しかしながら、従来の手法では観察ができていませんでした。
② 本研究の成果
この度、JFCCでは走査型透過電子顕微鏡(STEM)と最先端技術であるモノクロメータを用いた電子エネルギー損失分光法(EELS)によって得ることができる特定のスペクトルを利用することでリチウムイオン分布をナノメートルスケールで観察できる新たなイメージング手法を構築しました。この手法により、実製品に使用されている正極材料オリビン(LiFePO4)の内部で、リチウムイオンの中間組成分布や特徴的な境界構造を明らかにし、さらには、リチウムイオンの分布が変化していく過程をも世界で初めて観察することに成功しました。
③ 今後の展開
本成果のリチウムイオン観察技術をさらに発展させ、リチウムイオンの局在化、偏在化のメカニズムを解明します。このことはリチウムイオンがスムーズに移動できる電極の実現につながり、充放電特性に優れた電極の創出や次世代の電池である全固体電池開発へ大きく貢献できると期待されます。
本成果は 2018 年 7 月 20 日に英国科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。
本研究は NEDO 委託事業「革新型蓄電池実用化促進基盤技術開発 (RISING2)」の一環として実施した結果から得られた成果です。
II【本研究の詳細】
① 現状と課題
低炭素社会実現へ向け、電気で走行する電気自動車等に用いるLiイオン二次電池開発が重要な課題であり、ガソリン車からの転換を実現するためには更なる電池特性の向上が必要となります。電池特性を向上させるためには、電極内部でLiイオンの移動を把握し制御していく必要があります。その第一歩として、Liイオンがどのように動いているのかをナノメートル(10億分の1メートル)スケールで観察する必要があります。しかしながら、従来の電子顕微鏡を用いた手法ではナノメートルスケールでLiイオンの分布を検出することは難しく、これまで観察ができていませんでした。
② 研究手法
ファインセラミックスセンターでこれまで構築してきた最先端の観察技術(走査透過型電子顕微鏡(STEM)注1とモノクロメータ注2を用いた電子エネルギー損失分光法(EELS注3)により研究を実施しました。モノクロメータを用いた高分解能EELS計測により、詳細な形状のスペクトルを取得することが可能となります。この計測技術により、これまで解析することが難しかったエネルギー損失領域のスペクトルを利用できるようになり、ナノメートルスケールでLiイオン分布を観察できるイメージング手法を構築することに成功しました。この新しいイメージング手法を用いて、実製品に使用されている正極材料オリビン(LiFePO4)の内部のLiイオン分布とLiが移動する様子の観察を実施しました。また観察された結果を理解するため、第一原理計算注4によるシミュレーションを実施しました。
③ 研究成果
図2(a)にLiFePO4とLiイオンが抜けたFePO4の境界をSTEM法により観察した結果を示します。LiFePO4からLiイオンが抜け、FePO4が形成することは知られていますが、どこにその境界(LiFePO4とFePO4の境界)があり、どこにLiイオンが存在しているのかは、従来の観察手法では分かりませんでした。その境界の組成分布や構造がこの正極材料オリビンの電池特性を決定づける鍵になり、これを明らかにすることは極めて重要となります。
新しいイメージング手法を用いてLiイオン分布を可視化した結果を図2(b)に示します。STEM像からでは分からなかったLiFePO4(紺色)とLiイオンが抜けたFePO4(オレンジ色)を明瞭に観察ができていることが分かりました。そして、これまで分かっていなかったLiFePO4とFePO4の境界の構造が明らかとなりました。
1.LiFePO4とFePO4の境界には中間のLi組成領域が存在(図2(b)の緑色の領域)。
2.FePO4と中間のLi組成領域との境界はギザギザの特徴的な構造を形成(図2(c))。
中間Li組成領域の構造を第一原理計算により構築したモデルと比較することで、この構造はLiFePO4とFePO4の大きな体積変化を小さくするのに適した構造であることが分かりました。
図3にオリビン正極材料中のLiイオンが移動していく様子を観察した結果を示します。Liイオンが移動するにつれて、中間のLi組成領域(緑色部)とその境界に形成されるギザギザ構造が変化していく様子がわかります。この観察された変化は、Liイオン移動にともない、LiFePO4とFePO4の大きな体積差を小さくさせるためと考えられます。そして、最終的にFePO4の領域にLiイオンが移動しLiFePO4へとなることが分かります。
この結果により、Liイオンが移動していく過程では、LiFePO4とFePO4の境界の特徴的な構造が重要な役割を果たしていることを世界で初めて明らかにすることに成功しました。
④ 今後の展開
今後、今回の観察手法をさらに発展させ、そして、観察技術と理論計算を組み合わせた研究をさらに進め、より詳細なLiイオンの局在化、偏在化のメカニズムを解明し、Liイオンが移動しやすい電極内部構造の本質を明らかにしていく予定です。そこで得られる知見に基づいた材料設計を行うことで、高速充放電が可能な電極材料の創出や次世代の電池である全固体電池開発へ大きく貢献できると期待されます。
図2: LiFePO4とFePO4を含む領域から取得した (a) STEM像と (b) Liイオン濃度マップ。
(c) 図 (b) の拡大像。Li中間組成とFePO4のギザギザの境界を示す。
本研究は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)委託事業「革新型蓄電池実用化促進基盤技術開発(RISING2)」の一環として実施した結果から得られた成果です。
掲載論文
本成果は2018年7月20日に英国科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。
Shunsuke Kobayashi, Akihide Kuwabara, Craig A. J. Fisher, Yoshio Ukyo and Yuichi Ikuhara, Microscopic mechanism of biphasic interface relaxation in lithium iron phosphate after delithiation.
Nature Communications 9, 2863 (2018).
DOI : 10.1038/s41467-018-05241-1
用語説明
注1) 走査透過型電子顕微鏡(STEM)
0.1 nm以下にまで収束した電子プローブを試料に照 射・走査し、原子による散乱を利用して原子像を取得する電子顕微鏡。
注2) モノクロメータ
電子ビームを単色化させ、エネルギー幅を50 meV以下まで減少させることができる装置。EELSに用いた場合、エネルギー分解能が向上し、詳細な形状のスペクトルを取得することができる。
注3) 電子エネルギー損失分光法(EELS)
電子が試料内部を透過する際に失ったエネルギーを計測し、材料中の元素や電子状態を分析することができる手法。
注4) 第一原理計算
物質中の原子の配置情報のみを与えることで量子力学の原理に基づき経験的なパラメーターを用いること無く電子状態、化学結合、エネルギー状態を計算する手法。