次世代電池内部のリチウムイオンの動きを充放電中に可視化する技術を開発
2018年9月3日
I【概要】
一般財団法人ファインセラミックスセンター(以下、JFCC)、パナソニック株式会社(以下、パナソニック)および名古屋大学は、共同で、走査型透過電子顕微鏡(STEM: Scanning Transmission Electron Microscope)※1内で全固体リチウムイオン(以下、Liイオン)電池を充放電させ、電子エネルギー損失分光法(EELS: Electron Energy-Loss Spectroscopy)※2と高度画像解析技術(多変量解析技術)を駆使し、LiCoO2正極内におけるLiイオンの2次元分布を、同一領域で、かつ、定量的に可視化することに世界で初めて成功しました(図1参照)。
この観察により、LiCoO2正極内では、Liが不均一に分布しており、充放電中のLiイオンの動きにも影響を及ぼしていることが明らかになりました。また、固体電解質に近い界面近傍では、Liイオンの濃度が低くなっておりCo3O4が多く混在していることがわかりました。これにより、Liイオンの移動抵抗が、界面で高くなる原因が明らかになり、次世代電池の実用化に向けて大きく前進することが期待されます。
本成果は2018年8月21日に、米国科学雑誌「Nano Letters」の電子版に掲載されました。
なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP 17H02792)および文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」(名古屋大学)の支援を受けて行われました。
用語説明
※1) 走査透過型電子顕微鏡(STEM)
0.01 nmオーダーに電子線を細く絞り、試料面上を2次元的に走査することによって、散乱した透過電子を検出し、画像化する電子顕微鏡である。局所領域の原子構造評価や分析を行うことができる。
※2) 電子エネルギー損失分光法(EELS)
電子が試料内部を透過する際に失ったエネルギーを計測し、材料中の元素や電子状態を分析できる手法である。リチウムのような軽元素を検出するのに有効な観察技術である。
II【本研究の詳細】
① 現状と課題
全固体Liイオン電池は、一般的に用いられている可燃性の液体電解質の代わりに、不燃性の固体電解質を用いた蓄電池であり、高い安全性、高エネルギー密度など大きな利点があり、将来の電気自動車やハイブリッド自動車への搭載を目的に、世界的に研究開発が活発化しています。高性能なLiイオン電池を開発するためには、正極/電解質/負極内部で、Liイオンをスムーズかつ効率よく移動させることが重要となります。特に、全固体電池の場合は、正負電極/固体電解質界面でのイオンの移動抵抗が、液体電解質を用いた従来の電池と比べて大幅に高いという課題があり、実用化を大きく妨げています。
この課題を解決し、迅速に実用化させるためには、電池内部でLiイオンがどのように動いているのかを視覚的に把握し、それをもとに最適な電池設計を行う必要があります。しかしながら、電池内部の電気化学反応は、電極/固体電解質界面のナノメートル(10億分の1メートル)領域で起こっており、また、Liは軽元素(原子番号3)であるため検出感度が低く、従来の電子顕微鏡技術では、充電/放電中におけるLiイオンの動きを2次元で捉えることができていませんでした。
② 研究手法
これまでJFCCが開発してきた、電池を充放電させながらその場で電子顕微鏡観察ができる技術(オペランド観察技術※3)とパナソニックが有する電池技術を、走査透過型電子顕微鏡(STEM)に応用しました。これにより、電池を充放電させながら、電子エネルギー損失分光法(EELS)で2次元のエネルギー損失スペクトルを検出することが可能となりました。このスペクトルには、Liによる信号が含まれているため、高度画像解析技術(多変量解析技術)を用いて、微弱なLiの信号をナノメートルスケールで捉えることに成功しました。
この新しいLiイメージング技術を用いて、LiCoO2正極/LASGTP固体電解質※4/その場形成負極※5からなる全固体Liイオン電池を充放電させながら、LiCoO2正極内部のLi分布および遷移元素であるCoの価数分布を2次元でオペランド観察しました。
③ 研究成果
図2(a)に、本研究で用いた全固体Liイオン電池の模式図を示します。固体電解質として、厚さ50 μmのLi1+x+yAlx(Ti,Ge)2-xSiyP3-yO12 (LASGTP)(株式会社OHARA製)シートを用い、正極材料としてLiCoO2をパルスレーザーデポジション法により150 nm積層させました。その後、スパッタ蒸着法を用いて正極側にはAuを、負極側にはPtを集電体として蒸着しました。負極材料は、その場形成負極と呼ばれる特殊な材料を用いています。これは、固体電解質の負極近傍にLiイオンを多量に滞留させ、固体電解質自体を分解することによって負極の作用をさせる電極であります。
今回、観察した領域は正極側であり、その断面写真を図2(b)に示します。充電時には、LiCoO2正極からLiイオンが脱離し負極に移動します。放電時は逆に、Liイオンが正極に戻ります。この電池反応が走査透過型電子顕微鏡(STEM)内で起こるように、正負集電体間に電圧を印加し、図2(b)の破線で囲まれたLiCoO2正極の領域をEELSで分析しました。
図3(a)~(d)に、それぞれ0 %充電(充電前)、50 %充電、100 %充電、33 %放電時のSTEM像を示します。グレーの部分がLiCoO2正極であり、充電時は矢印に示すようにLiイオンが脱離し、放電時はイオンが戻り正極内に挿入されます。図3(e)~(h)に、EELSと高度画像解析技術を用いてマッピングしたLi分布を示します。充放電に従って、Liイオンの脱離/挿入が行われ、その濃度が変化している様子が明確に捉えられています。
また、固体電解質に近い領域(約20 nm)では、充電する前からLiの濃度が低いことがわかります。高度画像解析の結果から、この領域はCo3O4が多数混在しており、Liイオンのスムーズな移動を妨げていることがわかりました。
図4(a)、(b)は、別の領域のLi分布であり、図4(c)、(d)は、それぞれ(a)および(b)の破線で囲まれた領域におけるCoの価数変化を観察したものです。0 %充電(充電前)は、たくさんのLiが正極内にあるため、Coの多くはCo3+の状態で存在していますが、Liイオンが脱離すると、それに伴いCoの価数が変化しCo4+の量が増加していることを示しています。この変化は電気化学反応の基礎現象であり、Liイオン電池の反応そのものを捉えています。
以上のように、本手法を用いることによって、全固体Liイオン電池内部のLiイオンの動きを視覚的に捉えることができ、全固体Liイオン電池の課題であったイオンの界面抵抗の原因を明らかにすることができました。また、Li濃度に伴うCoの電子状態の変化も捉えることができ、全固体電池の反応メカニズムも明らかにすることに成功しました。
④ 今後の展開
今回の観察結果を受けて、電極/固体電解質界面でLiイオンがスムーズに移動できるような電池設計を行うことができ、超高性能な全固体電池の研究開発に拍車がかかるものと考えられます。また、本研究で開発したLiイオンのオペランド観察技術は、様々な電池に応用することができます。たとえば、硫化物固体電解質を用いた全固体Liイオン電池や、ナトリウムイオン電池、マグネシウムイオン電池にも応用展開でき、次世代革新電池の開発へ大きく貢献できると期待できます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP 17H02792)および文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」(名古屋大学)の支援により行われました。
掲載論文
本成果は2018年8月21日に米国科学雑誌「Nano Letters」に掲載されました。
著者:Yuki NOMURA, Kazuo YAMAMOTO, Tsukasa HIRAYAMA, Mayumi OHKAWA, Emiko IGAKI, Nobuhiko HOJO, Koh SAITOH
タイトル:"Quantitative Operando Visualization of Electrochemical Reactions and Li Ions in All-Solid-State Batteries by STEM-EELS with Hyperspectral Image Analyses"
雑誌:Nano Letters, (2018) .
DOI:10.1021/acs.nanolett.8b02587
用語説明
※3) オペランド観察技術
化学反応などを、より実際に近い条件下で、その場観察することをオペランド観察と呼ばれている。オペランドとは「動作中」といった意味を持つラテン語であり、operandoと書く。
※4) LASGTP固体電解質
LiTi2(PO4)3をメインとするLiイオン伝導体である。Liイオン伝導を向上させるために、Si、Ge、Alなどが適度にドープされた多結晶材料である。
※5) その場形成負極
LASGTP固体電解質に多量のLiイオンを挿入することで、固体電解質自体を分解させ、負極の作用を示す電極材料である。2006年に、名古屋大学の入山恭寿教授(現在)によって発見された。