全固体電池の充放電中のリチウムイオンの動きをリアルタイムで観察する技術を開発
~ 高性能な全固体電池の設計に貢献 ~
2020年7月9日
I【概要】
一般財団法人ファインセラミックスセンター(以下、JFCC)は、パナソニック株式会社(以下、パナソニック)および名古屋大学 未来材料・システム研究所(以下、名古屋大学)と共同で、走査透過電子顕微鏡法(※1)とAI 的高度画像解析法(※2)の併用により、充電/放電中における全固体電池(※3)内部のリチウムイオンの様子を、ナノメートルスケールでリアルタイム観察する技術を開発しました。
本技術によって、バルク型全固体電池(※4)および薄膜型全固体電池(※5)内部のリチウムイオンの動きを、世界最高の時間分解能と計測精度および解像度で観察することができ、イオン移動を阻害する場所の可視化が可能になりました。これにより、高性能な全固体電池の設計指針が明確になり、今後の全固体電池の研究開発に大きく貢献します。
本成果は、2020 年5 月27 日(水)掲載の米国科学雑誌「ACS Energy Letters」の電子版と、2020年6月4日(木)掲載の英国科学雑誌「Nature Communications」の電子版にオンライン掲載されました。なお、本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(JP 17H02792)の支援を受けて行われました。
II【本研究の詳細】
背景
全固体リチウムイオン電池(以下、全固体電池)は、高い安全性と高いエネルギー密度を両立できる次世代二次電池の候補の一つとして、世界各地で活発な研究開発が進められています。一般に、全固体電池には、携帯用電子機器やIoT機器などを用途とする小型の薄膜型全固体電池と、電気自動車やハイブリッド自動車などを用途とする大容量のバルク型全固体電池があります。これらの全固体電池を、各分野でいち早く実用化するためには、電池内部においてリチウムイオン(以下、Liイオン)をスムーズかつ高速に移動させ、充電にかかる時間を短縮するとともに、放電における出力密度(電池のパワーに相当)を高くする必要があります。しかしながら、電池内部でのイオンの移動抵抗が高く、特に、高速充電/高速放電において克服しなければならない課題を有しています。
この課題を解決するためには、全固体電池の充放電メカニズムと特性劣化要因を明確化し、材料設計にフィードバックする必要があります。特に、全固体電池内部でLiイオンがどのように動いているかを理解することは、上記の課題を解決し高性能な全固体電池を開発するうえで極めて重要になります。これまで、JFCC、パナソニック、名古屋大学の共同研究グループは、2018年9月に、薄膜型全固体電池の正極内部におけるLiイオンの動きを可視化するオペランド走査透過電子顕微鏡解析技術(※6)を確立しました。今回、その技術をさらに高度化し、世界最高の時間分解能と計測精度および解像度で、充放電中のLiイオンの動きを捉えることに成功しました。
研究開発の成果
(1)オペランド電子顕微鏡法によるバルク型全固体電池内部のリチウムイオンの観察(世界初)
2018年9月に確立したオペランド走査透過電子顕微鏡解析技術を大容量用途のバルク型全固体電池に応用した新たな解析技術を開発しました。走査透過電子顕微鏡は、観察できる試料のサイズに制限があるため、電子顕微鏡内部で実サイズのバルク型全固体電池を組み込むことがこれまで非常に困難でした。くわえて、バルク型全固体電池は、一般に硫化物系の固体電解質(※7)を用いており、大気中の水分や強い電子線照射に弱く、電子顕微鏡への試料の搬送や電子顕微鏡観察しながら充放電させることが困難でした。そこで今回、走査透過電子顕微鏡の試料ホルダーを独自に改良し、試料を大気暴露せずに搬送できる機構およびバルク型全固体電池に安定に電圧を印加できる機構を導入しました。さらに、観察する試料のサイズや形状、電子線照射条件の最適化を行うことで、バルク型全固体電池を充放電させながら、Liイオン分布の様子を世界で初めて観察することに成功しました。
図3の写真は、正極材料であるLixNi0.8Co0.15Al0.05O2(NCA)の一次粒子(※8)を固めた大きい粒子(二次粒子(※8))内部のLiイオン分布を示しています。ここで、写真の破線は、一次粒子同士の境界(結晶粒界)を示しています。①高速充電時には、正極材料(NCA)からLiイオンが脱離する反応が生じ、写真の下方から、Liイオン濃度が低くなっていることがわかります。しかし、全体で一様に脱離するわけでは無く、一次粒子毎にLiイオンが脱離している様子がわかります。これは、一次粒子同士の境界でLiイオンがスムーズに移動できる界面と移動できない界面が、混在していることを示しています。②充電を一時中断し、電池の回路を開放したときにおいても、Liイオンはゆっくり時間をかけて正極内を移動していることがわかります。つまり、このリアルタイム観察は、Li イオンのスムーズな移動を阻害する場所(界面)をナノメートルスケールで可視化しています。その後、③低速充電を行うと、大部分の一次粒子からLiイオンが脱離していますが、一部、濃度変化の無い一次粒子が見られます(黄色部分)。これは、この一次粒子がLiイオンを脱離できるパス(通路)を持っていないことに起因します。このような一次粒子が増えると、全固体電池の容量が低下することになるので、すべての一次粒子がLiイオンのパスを確保できるような電池設計が、大容量の電池を作製する上で重要であることがわかります(専門的には、電子が脱離できるパスも、同時に必要となります)。
その後、④高速放電すると、Liイオンの挿入反応が起こり、元の粒子にLiイオンが戻ってくる様子が観察されます。また、⑤放電を一時中断しても、Liイオンはゆっくり移動を続けていることがわかります。イオンの移動がスムーズにいかない場所は、充電時でも放電時でも、同じ場所であることもわかります。つまり、一次粒子の結晶界面をうまく制御し、スムーズにLiイオンが移動できる結晶界面を増やすことが、高速な充放電を可能にする電池の開発に重要であることを示しています。さらに、⑥低速放電時には、大部分のLiイオンは元に戻っていますが、充電前(①の左写真)に比べると、その濃度は若干低くなっています。これは、電池の不可逆容量を示しており、Liイオンが電池内部のどこかにトラップされ、正極に戻って来ないことを示しています。充放電を繰り返すことで戻ってくるLiイオンが少なくなればなるほど電池が持つ容量が低下し、最終的には電池の寿命を迎えます。
以上より、様々なプロセスで作製した全固体電池に、上記のようなリアルタイム観察を行うことで、電池内部のどの部分が律速になっているかが一目瞭然でわかり、電池の作製プロセスへフィードバックさせることで、高性能な電池の開発に役立たせることが期待できます。
(2)リアルタイム観察技術の高度化(AI的高度画像解析の適用)と薄膜型全固体電池の観察(世界最高速)
Liイオンは非常に軽い元素であり、検出される信号が弱いため、通常の透過電子顕微鏡の観察法ではリチウムイオンの存在を示す明瞭なコントラストを得ることができず、リアルタイム観察は非常に困難でした。今回、リチウムの検出が可能な電子エネルギー損失分光法(※9)に、画像の超解像化とノイズ除去ができるスパースコーディングと呼ばれるAI的高度画像解析手法を適用することにより、世界最高の時間分解能と計測精度および解像度で、リチウムイオン分布のリアルタイム観察に成功しました。
図4(a)は、薄膜型全固体電池の正極(LiCoO2)膜内部のLiイオン分布を示しています。従来の技術(2018年9月発表の技術)では、1枚の画像を撮影するのに15分程度の時間を要していましたが、今回は30秒程度まで大幅に撮影時間を短縮しました。そのため、図4(a)は、極めてノイズの多い画像になっています。しかし、この画像を、スパースコーディングと呼ばれるAI的高度画像解析手法を用いてランダムなノイズを効果的に除去し、かつ、超解像画像技術を用いました。その結果を図4(b)に示します。Liイオンの分布が極めて高い精度と解像度でクリアに観察することに成功しました。
これまで開発してきた観察技術にAI的高度画像解析を適用することによって、充電/放電中におけるLiイオンの動きを観察した結果を図5 に示します。充電が進むにしたがって(図5(a)~(j))、正極材料であるLiCoO2膜から固体電解質の方にLi イオンが脱離し、Liイオンの濃度が低くなっていく様子がわかります。さらに、Liイオンは、膜の面内方向(図の横矢印方向)にも移動している様子が観察されました。放電時(図5(k)~(o))には、Liイオンは正極に戻ってくるため、Liイオンの濃度が徐々に高くなっていく様子がわかります。今回のリアルタイム観察により、Liイオンは正極膜の面内方向にも拡散しながら脱離または挿入していることがわかり、Liイオンの詳細な拡散メカニズムが明らかになりました。今回の観察結果を電池の設計や作製プロセスにフィードバックさせることにより、より高性能な薄膜型全固体電池の開発が進むと考えられます。
今回のLiイオンの動きを捉えた動画は、掲載論文(※b)の下記DOIからダウンロードできます。(ファイル名:Supplementary Movie 1)
今後の予定
今回新たに開発したLiイオンのリアルタイム観察技術により、Liイオンの移動を阻害する要因やイオン移動の詳しいメカニズムが明らかになり、それらの結果を様々な全固体電池の材料・デバイス開発にフィードバックさせることが可能となります。これにより、Liイオンがスムーズかつ高速に移動できる電池の設計が可能となり、より高性能な全固体電池を実現します。