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 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所の大塚 真弘 講師、武藤 俊介 教授らは、一般財団法人ファインセラミックスセンターの 田中 誠 博士らの研究グループとの共同研究において、透過電子顕微鏡により酸化物セラミックスに微量添加された異種イオン(ドーパント)の位置を精密に計測し、それと隣り合う酸素の抜け孔(酸素空孔)まで明らかにしました。
 物質への微量な異種元素ドーパントや空孔などの格子欠陥の導入は、半導体や誘電体、超伝導体、磁石、触媒といった機能材料の特性を制御する重要な意味を持ちます。しかし、物質の中に散らばったこのような微量な欠陥の位置や構造を決定することは、従来よく用いられるX線回折を用いた手法では容易ではありませんでした。
 本研究では、次世代航空機エンジンのタービン部材の高温環境下における破損を防ぐ保護膜中のチタン酸イットリウムに添加されたアルミニウムを対象とし、結晶に入射した電子線が示す電子チャネリング効果を利用した計測手法によって、ドーパントとその周りの局所的な格子歪みだけでなく、酸素全体の約0.2%しか抜けていないほんの僅かな酸素空孔の位置まで決定することに成功しました。
 本手法は、最先端の収差補正電子顕微鏡や大型放射光施設を要せずに汎用の分析電子顕微鏡で実現可能な方法であるため、このような格子欠陥を含む様々な機能材料の評価手法として世界中に広く展開されることが期待されます。
 この研究成果は、2021年3月25日付(日本時間3月26日)で米国科学雑誌「Journal of the American Ceramic Society」の電子版に掲載されました。

【ポイント】

【研究背景と内容】

 我々の身の周りにある半導体や誘電体、超伝導体、磁石、触媒などの様々な機能材料の多くでは、母体になる物質に微量な異種元素ドーパントや原子空孔などの格子欠陥を導入することでその有用な機能が発現されています。例えば、純粋な半導体は実は電気を殆ど流しませんが、ドーパントを微量に添加することでその導電性を高め、工業的に価値ある性質を獲得しています。しかし、このような格子欠陥が物質中の特定の場所に偏析しているような場合を除くと、散らばった微量なそれらが物質のどの位置にどれだけ存在し、その周辺がどのような構造になっているのかを精密に評価することは簡単ではありません。そのため、その材料機能が発現した理由がよくわかっていないことも少なくありません。
 本研究では、チタン酸イットリウム(Y2Ti2O7)に添加された微量なドーパント(アルミニウム(Al))が占有する位置や量を定量的に明らかにするために、透過電子顕微鏡を用いた分析を行いました。この材料は、図1のように次世代航空機エンジンのタービン部材が高温水蒸気環境下で酸化・減肉するのを防ぐと共に輻射熱を反射するための耐環境保護膜(酸化アルミニウム(Al2O3)とY2Ti2O7を交互に積層した多層膜)の構成材料で、ファインセラミックスセンターの研究グループにより開発されました[1]。Y2Ti2O7へのAlの添加は、高温環境下でAl2O3中のAlイオンの一部がY2Ti2O7に拡散して層構造が崩れるのを防ぐ役割をしますが、Alが軽い元素でその添加量がごく僅かであるために、従来よく用いられているX線回折による結晶構造解析ではその位置を明らかにできていませんでした。

図1:次世代航空機エンジンのタービン部材を保護する耐環境保護膜。

 そこで、名古屋大学の研究グループは、透過電子顕微鏡において結晶材料に入射した電子線に現れる電子チャネリング効果注3)を利用する高角度分解能電子チャネリングX線分光(HARECXS)という方法を用いて解析を行いました[2]。HARECXS法は、図2のように電子線の入射角度を変えながらEDXにより蛍光X線を計測する方法で、それによって得られるX線の強度変化の模様(チャネリング図形)を観測します。チャネリング図形は元素の位置や量を示すので、図2右側に示したように取得した各元素のチャネリング図形を統計的に比較すると、Alは3:7の比率でYとTiを置換することがわかりました(図3(a)の模式図)。この結果は、Alイオンはイオン半径が近いTiイオンを優先的に置き換えていることを示しますが、+3価の価数を持つAlイオンが+4価のTiイオンを置換すると電気的な中性条件の崩れが起こります。そこで、これをOイオンのたった0.2%が欠損することで補償しているという仮説を立て、図3(b)のようにAl添加の有無によるOのチャネリング図形の変化の理由を詳細に調べました。その結果、Alイオンが優先的に入るTi位置の周りに酸素空孔が存在することで電荷均衡を補償していることや、イオン半径の差が大きいYイオンを置き換えたAlイオンの周りにある局所的な格子歪みを検出できていることが明らかとなりました。これらの成果は、この物質へのAlの拡散やOを透過させずに遮蔽する重要な性質が得られているメカニズムを解明するための重要な手がかりとなります。

図2:HARECXS法の概念図。結晶に入射した電子線は電子チャネリング効果により異なる位置を強調して伝播するため、入射角度に対するX線強度を計測するとチャネリング図形が得られる。

図3:(a) Y2Ti2O7の結晶構造および今回の計測手法によって明らかとなった Alの占有位置や酸素空孔、局所格子歪みなどの模式図。
(b) Al 添加の有無での O のチャネリング図形の変化(添加無しの図形で添加ありの図形で除算した画像)と、格子歪みや酸素空孔が作る模様を理論計算した結果。実験結果に格子歪みや酸素空孔の存在を示す模様が現れている。

【成果の意義】

 これまで、TEMによるHARECXS法でドーパントの位置(どの元素を置換するか?)を評価する方法は確立されていましたが、周辺の格子歪みやほんの僅かしか存在しない酸素空孔に至るまでを捉えることができたのは驚くべき結果です。特に、ドーパントと隣り合う酸素が僅かに抜けていることを捉えた成果は、特定元素の周りの原子配列を計測できる広域X線吸収微細構造(EXAFS)法注4)や原子分解能ホログラフィー法注5)などの大型放射光施設注6)を利用した大掛かりな実験方法を用いても容易に達成できることではありません。
 酸素空孔は、物質内部でのイオンの移動(イオン伝導)や電気伝導など様々な性質に関与し、その位置の計測が実現されたことは、これらを応用する酸素吸蔵材料や超伝導材料、固体燃料電池などの機能性酸化物材料において、その機能発現メカニズムを詳細に解析し、次世代の材料設計の指針を獲得する一助となります。
 本手法の適用対象はこれらに限らず、半導体や誘電体、超伝導体、磁石、触媒など様々な機能材料における基礎科学的研究から実用デバイス中の特性評価などの応用用途に至るまで幅広く展開できます。特に、近年の電子デバイスは、放射光を用いた方法では狙えないサブミクロンスケールまでダウンサイジングしており、局所領域を狙った測定が容易な本手法の普及・発展は、実用材料分析における一つの雛型として大きく貢献することが期待できます。
 更に、最先端の収差補正電子顕微鏡注7)ではなく汎用の分析機能付きTEMを用いて実現できる本手法は、放射光施設を用いた手法と比べて実験の敷居が飛躍的に低く、材料開発現場におけるハイスループットな計測手段として普及することも期待されます。

 ここで紹介した研究は、JSPS科研費JP25106004、JP19H05815、JPH05792、JP26249096、JP18K13991、JP20K05088の支援を受けて実施されました。

【用語説明】

注1)透過電子顕微鏡(TEM)

 高電圧で加速した電子を薄膜化した試料に照射し、試料を透過してきた電子線を電磁レンズにより拡大して結像することで試料の微細構造を観察する顕微鏡。拡大像に限らず、電子回折像を使った結晶構造解析や分光機器と組み合わせた元素分析なども可能である。

注2)エネルギー分散型X線分光(EDX)

 電子線が試料を透過する際に発生したX線を分光することで物質に含まれる元素の種類や量を評価する分析方法。

注3)電子チャネリング効果

 結晶に入射した電子線は結晶の周期的なクーロンポテンシャルを感じていくつかのブロッホ波(電子定在波)に分枝し、それらの励起確率が入射角度(電子回折条件)によって変化するために電子線が異なる位置を強調して伝播する現象。

注4)広域X線吸収微細構造(EXAFS)法

 特定原子から発した光電子が周辺原子によって散乱・干渉に起因したX線吸収スペクトルの振動構造から着目原子の近接原子までの距離や配位数などの一次元的な情報を得る手法。

注5)原子分解能ホログラフィー法

 特定原子から発した蛍光X線や光電子などの波が周辺原子によって散乱された波の干渉模様(ホログラム)から着目原子周辺の三次元原子配列を再生する手法。

注6)大型放射光施設

 巨大なリング型加速器の中で電子を光速近くまで加速し、電磁石によって電子の進行方向を曲げた際に発生する電磁波(放射光)を利用して実験・研究を行う施設。兵庫県のSpring-8が有名であり、その直径は約500 mである。

注7)収差補正電子顕微鏡

 電子顕微鏡において像がぼける要因の一つである電磁レンズの収差を補正する装置を搭載した電子顕微鏡。収差補正装置付きの装置では原子レベルまで電子線を細く絞ることが可能であり、原子列一つ一つを直視した観察や分析が可能である。

【参考文献】

[1]M. Tanaka, S. Kitaoka, M. Yoshida, O. Sakurada, M. Hasegawa, K. Nishioka, and Y. Kagawa. “Structural stabilization of EBC with thermal energy reflection at high temperatures”, J. Eur. Ceram. Soc.,37, 4155–4161(2017).

[2]S. Muto and M. Ohtsuka, “High-precision quantitative atomic-site-analysis of functional dopants in crystalline materials by electron-channelling-enhanced microanalysis”, Prog. Cryst. Growth Charact. Mater., 63, 40-61(2019).

【論文情報】

雑誌名:Journal of the American Ceramic Society

論文タイトル:2D-HARECXS analysis of dopant and oxygen vacancy sites in Al-doped yttrium titanate

著者:Masahiro Ohtsuka1, Kenji Oda2, Makoto Tanaka3, Satoshi Kitaoka3, and Shunsuke Muto1

所属:1名古屋大学未来材料・システム研究所, 2名古屋大学大学院工学研究科, 3一般財団法人ファインセラミックスセンター

DOI:10.1111/jace.17764

【問い合わせ先】

<研究内容>
東海国立大学機構
名古屋大学未来材料・システム研究所
講師 大塚 真弘
TEL:052-789-5135
FAX:052-789-5137
E-mail:m-ohtsukanagoya-u.jp

<報道対応>
東海国立大学機構
名古屋大学管理部総務課広報室
TEL:052-789-3058
FAX:052-789-2019
E-mail:nu_researchadm.nagoya-u.ac.jp

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