従来の酸化物固体電解質で最高のリチウムイオン伝導を実現
~次世代の酸化物系全固体電池の開発へ大きな期待~
2022年6月23日
I【研究概要】
一般財団法人ファインセラミックスセンター(JFCC)はチタン酸ランタンリチウム※1(LLTO)の単結晶から酸化物系の固体電解質※2において、これまで知られていたよりも室温では約4倍、低温では約10倍も高いリチウムイオン伝導度を得ることに成功しました。この成果は次世代のリチウムイオン二次電池である酸化物を用いた全固体電池※3の開発へ大きく貢献することが期待できます。
リチウムイオン二次電池は電気自動車やスマートフォンなど生活に欠かせない電池です。近年、次世代のリチウムイオン二次電池として、より高い安定性や高速充放電が期待できる酸化物系固体電解質を用いた全固体電池の開発が進められています。しかし、この酸化物系全固体電池の実用化へ向けた大きな課題の一つが固体電解質のリチウムイオン伝導が十分ではないことです。優れたリチウムイオン伝導を示す固体電解質を見つけるためには、リチウムイオンが流れやすい原子の並び方を明らかにし、それを電池材料のなかにつくりこむ必要があります。
本研究ではLLTOという酸化物の固体電解質材料に着目しました。LLTOのリチウムイオン伝導性は酸化物系固体電解質の中でもトップクラスに優れていることが知られています。原子の配列がそろっている単結晶を使ってLLTOのリチウムイオン伝導を調べてみると、従来知られていたよりも遥かにリチウムイオンが流れやすいことが分かりました。このことは最もリチウムイオン伝導が良いとされる硫化物系固体電解質に匹敵するリチウムイオン伝導を酸化物の固体電解質で実現できる可能性が見えてきたと言えます。これらの成果を基に、従来難しいとされてきた全固体電池の実用化へ向けた酸化物系固体電解質の開発につながることが期待されます。
図1:LLTO単結晶の原子配列観察像とリチウムイオン伝導度の温度依存性
II【本研究の詳細】
① 現状と課題
次世代のリチウムイオン二次電池として安定性と高出力を兼ね備えた全固体電池の開発が進められてきています。この全固体電池を実現させるカギが固体電解質といわれるリチウムイオンが流れる固体の材料です。これまで、硫化物系の固体電解質では優れたリチウムイオン伝導をもつ材料が見つかっており、硫化物系全固体電池として実用化へむけた研究開発が進められています。一方で、より安全で化学的に安定な材料である酸化物を使った全固体電池の研究開発も進められています。この酸化物系全固体電池の実用化へ向けた大きな課題の一つが酸化物の固体電解質では十分なリチウムイオン伝導をもつ材料がないことです。優れたリチウムイオン伝導をもつ酸化物を見つけるには、リチウムイオンが流れやすい原子の並びを調べて、その原子の並びから材料開発を進めていくことが必要です。
今回、酸化物の固体電解質であるチタン酸ランタンリチウム(LLTO)の原子の並びに注目しました。LLTO中のリチウムイオンが通る場所を原子レベルで観察した画像を図2に示します。リチウムイオンは僅か1ナノメートル(10億分の1メートル)以下の隙間を動きます。ここで、原子の並びが変わる場所があるとリチウムイオンの動きが悪くなります。一般的なLLTOは、この原子の並びが10から50ナノメートルの間隔で変化します(図3)。そのため、LLTOの中ではリチウムイオンがスムーズに動くことができていません。もし、リチウムイオンが動きやすい場所だけをLLTO材料の中につくることができれば、リチウムイオンが遥かに動きやすい固体電解質の開発につながります。そして、酸化物系全固体電池の実用化へ大きく前進することができます。
図3:LLTO多結晶と単結晶のリチウムイオンが流れる向きが変わる間隔の模式図
② 研究手法
単結晶では原子の並びが変化する間隔が一般的なLLTO(多結晶)とくらべて100倍以上に広くなります(図3)。つまり、単結晶を使うことでリチウムイオンが流れやすい場所を調べることができます。ここで、単結晶の中にもリチウムイオンの流れを止めてしまう場所があります(図3)。今回、リチウムイオンの流れが良い場所からリチウムイオン伝導度を測定するため、これまでJFCCで蓄積してきた高度なセラミックス加工技術を応用し、単結晶を20マイクロメートル(100万分の1メートル)より薄く加工しました。これはコピー用紙の半分よりも薄い厚さです。また、試料が非常に薄くなるため、一般的なリチウムイオン伝導を測定する方法は使えません。そこで、マイクロプローブ(非常に細い針状の金属)を用いて測定する手法を新たに構築しました。そして、JFCCでこれまで構築してきた電子顕微鏡観察技術を駆使して、原子の並びとリチウムイオン伝導度の関係を明らかにしました。
③ 研究成果
図4aに示す13マイクロメートルの厚さに加工したLLTO単結晶からリチウムイオン伝導度の計測を行いました。その結果、一般的なLLTOよりも室温では約4倍、低温では約10倍も高いリチウムイオン伝導度を示しました(図4b)。ここで、リチウムイオンの動きやすさの指標となる活性化エネルギー(Ea)と言われる値に関しても室温付近では0.216 eVと非常に小さい値を示しています。これらの結果より、LLTOの中では、これまで考えられていた以上にリチウムイオンが動きやすいことを初めて実験により明らかにすることに成功しました。
さらに重要なことは、今回の成果はLLTOのリチウムイオン伝導度の限界はさらに先にあることをも示しています。その理由を以下に示します。原子の並びが、どの方向を向いているのか電子線後方散乱回折法(EBSD)※5という手法で調べました。その結果、理想的な方向から約20°傾いていることが分かりました。つまり、LLTO単結晶から最もリチウムイオンが流れる方向から測定を行えば、さらに高いリチウムイオン伝導度を示すことが分かります。この時のリチウムイオン伝導度はこれまで知られている材料を超える可能性も期待できます。
図4:(a) LLTO単結晶の測定試料断面観察結果と原子の並び
(b) リチウムイオン伝導度の温度依存性
④ 今後の展開
LLTO単結晶からよりリチウムイオンが動きやすい方向のリチウムイオン伝導度測定を行う予定です。そして、LLTOのリチウムイオン伝導の限界を見極めることで、酸化物の中を流れるリチウムイオンはどの様な原子の並びが最も良いのか理解することができます。そこで得られる知見に基づき固体電解質材料開発を行うことで、酸化物系全固体電池の実用化へ向けて大きく前進することが期待されます。