次世代のパワー半導体β型酸化ガリウムの結晶欠陥イメージング技術を開発
~非破壊手法で欠陥を全数検出、結晶とパワーデバイスの高品質化を加速~
2022年12月8日
I【研究概要】
β型酸化ガリウム(以下、β-Ga2O3)(注1)のパワーデバイス(注2)は、次世代の高耐圧かつ省エネの電力変換・制御用半導体として、電力基幹や鉄道、自動車等様々な分野で期待されています。現状、その原料であるβ-Ga2O3結晶にはどうしてもたくさんの格子欠陥(注3)が含まれるので、デバイスの性能と信頼性が材料の理論値より大きく低下します。格子欠陥の低減に向けての第一歩は「欠陥を見る技術」の確立です。
JFCCがノベルクリスタルテクノロジー、兵庫県立大学などと共同で、X線回折(注4)現象の一つである「異常透過現象」(注5)を利用し、レントゲン撮影で人間の体を検査するように、世界で初めてβ-Ga2O3結晶内部の様々な格子欠陥を短い測定時間且つ非破壊で全数可視化することに成功しました(図1)。この技術を利用することで、結晶内の欠陥の空間分布や欠陥の種類に関する情報を精確に把握できるので、結晶成長条件の最適化に的確なフィードバックを提供することが可能です。β-Ga2O3パワーデバイスの普及に向けて、結晶の高品質化の一層の加速が期待できます。
図1 10 mm×15 mmの(001)面β-Ga2O3単結晶基板の異常透過X線トポグラフィ像。格子欠陥が縦線または曲線状の暗線として検出される。(撮影条件:波長0.124 nm、回折ベクトルg = 020、ビームラインBL24XU@SPring-8)
II【本研究の詳細】
① 現状と課題
近年、「第4の革命」と言われるように、化石燃料消費の抑制、電気自動車の普及、再生可能エネルギーの高度な利用など、エネルギーの消費と生産の構成が大きく変わっています。あらゆる電子機器において電力の変換と制御を担うパワーデバイスは、従来シリコン(Si)を原料として作られていましたが、更に高性能と低損失を実現するためには、β-Ga2O3のような広いバンドギャップ(注6)と高い絶縁破壊電界強度(注7)を持つ半導体材料が必要です。ところが、Siに比べて結晶成長が難しいβ-Ga2O3においては、格子欠陥を含まない完全な結晶を作ることが未だにできていません。結晶欠陥が存在すると、理論的な性能が実現できないだけでなく、デバイスの長期信頼性にも懸念が生じます。β-Ga2O3結晶の欠陥を低減するためには、欠陥分布情報を精確に知った上で成長条件を最適化することが必要不可欠であり、大面積にわたる欠陥を非破壊で検出・分類する手法の確立が重要な課題となっています。
β-Ga2O3の欠陥分布を評価するために、様々な手法が検討されてきましたが、非破壊で大面積の結晶に適用可能な手法はX線トポグラフィ観察法(注8)しかないとされています。X線トポグラフィ観察法は、欠陥周囲に生じた結晶面のわずかな湾曲によるX線回折の乱れを利用し、X線回折強度の分布画像から格子欠陥を検出する方法です。ところが、β-Ga2O3には原子番号の大きいGaが含まれるので、X線の吸収が強く、結晶の内部へ深く侵入できません。従来のX線トポグラフィ観察法では、結晶の最表面から深さ0.02 mmまでの欠陥しか観察できないため、結晶内部では格子欠陥がどのように分布するのか一切わかりませんでした。
② 研究手法
JFCCはノベルクリスタルテクノロジー、兵庫県立大学などと共同で、X線の異常透過現象を利用し、通常のデバイス作製に使用される厚さ約0.7 mmのβ-Ga2O3全体に含まれる欠陥の全数検出に成功しました。X線の異常透過現象は、1940年代ドイツの物理学者G. Borrmann博士によって発見され、高い完全性を持つ厚い結晶でしか起こらないX線の回折現象です。このような特徴をもつ結晶にブラッグの法則(注9)を精密に満たすようなX線が入射すると、結晶内部では入射X線に対応する「入射波」と原子面によって反射される「回折波」の2つのX線の波が生じます。この2つの波が互いに干渉して重なり合う結果、波形が進行せずその場に止まって振動しているようにみえる「定在波」が生まれます。図2に示すように、原子面間隔と同じ周期を持つ定在波は、その腹あるいは節が必ず原子面の位置と一致します。物質のX線に対する吸収は、X線と原子の相互作用によって生じるので、原子面を腹とする定在波は、急速に吸収されます(異常吸収)。一方、原子面を節とする定在波が発生している状態では、X線の吸収が急激に減少するため、透過するX線(以下、透過波)の強度が著しく増大します(異常透過)。その結果、本来X線に対して不透明な厚い結晶が、あたかもX線と相互作用をしない透明な物質であるかのように見えます。
この原理からわかるように、格子欠陥のように原子が理想的な位置からずれて、ブラッグの法則を満たさない領域があると、そこでは異常透過が起こらなくなり、局所的に透過波の強度が低下します。従って、図3に示す光学系を利用して、結晶全体として異常透過を発生させた状態で透過波の強度分布を観測すれば、X 線の弱いところに格子欠陥があると判断できます。
③ 研究成果
図4 に透過波と回折波の強度を蛍光板で観測し異常透過発生の有無を判定する実験の模式図と観測結果を示します。異常透過が発生していない状態、即ち、通常の強いX 線吸収が起こる状態では、透過波は極めて弱くなります(図4(b))。一方、異常透過が発生している状態では、透過波と回折波の2つの極めて強いスポットが現れました(図4(c))。図4(c)の状態で蛍光板を退避させ、カメラで透過波の強度分布を撮影すれば、X 線照射領域内の欠陥分布が得られます。また、結晶を走査すれば、図1のような全面像を得ることができます。
図4 (a)透過波と回折波の強度を蛍光板で観測し異常透過発生の有無を判定する実験の模式図。(b) 異常透過が発生しない状態の写真。(c) 透過波と回折波の極めて強い2つのスポットが観測された異常透過が発生する状態の写真
結晶に含まれるすべての種類の格子欠陥を満遍なく減らす方法より、悪影響の大きい欠陥を優先的に無くす方法がデバイスの性能向上には効率的です。そのため、結晶内部の欠陥評価は、欠陥の空間分布だけでは不十分で、欠陥の種類を識別することも重要です。X 線トポグラフィ観察法では、画像取得に用いる回折条件と格子欠陥の種類との相対関係によって、欠陥のコントラストが変わります。この現象を利用し、複数の回折条件で同一場所の欠陥のコントラストを解析すれば、欠陥の種類を把握することが可能です。図5に様々な回折条件で撮影した結晶の一部の拡大像を示します。1番の矢印で示す欠陥は全ての画像において観察されるのに対し、2~5番の矢印で示す欠陥はある回折条件で現れてほかの回折条件で消えることがわかります。このような観察結果をもとに、それぞれの暗線がどのような種類の欠陥と対応するのか解析することができます。本実験に用いたEFG法(注10)で育成された結晶においては、成長方向と平行に伸びた、原子ズレの方向が異なる2種類の直線状の欠陥(縦方向の暗線)、および結晶表面と平行な面に存在し、成長方向の原子ズレをもつ曲線状の欠陥が主な欠陥種類であることがわかりました。
図5 複数の回折条件で撮影した同一場所のX線トポグラフィ像。図中の020、022と400は回折条件を示す結晶方位の指数。中実と中空の矢印マークはそれぞれ欠陥が強いコントラストと弱いコントラストとして検出される箇所を示す。
上記実験から、異常透過を利用したX線トポグラフィ観察法は厚い結晶の内部に存在する欠陥の検出と分類に有効であることがわかりました。この手法を更に高度化するために、X線を波動として扱う動力学回折理論を用いた計算を行うことで、異常透過発生によるX線吸収の抑制効果を複数の回折条件で定量的に評価し、異常透過が最も顕著に現れる条件を厳密に決めました。その結果から、通常より約10,000倍強い透過波が得られる最適な回折条件を見出し、様々な面方位の結晶の欠陥分布をより高い面内分解能と短い露光時間で撮影することが可能になりました。
④ 今後の展開
本手法で得られる高精度の欠陥情報を結晶開発企業側にフィードバックすることで、結晶高品質化の一層の加速が期待できます。本実験に用いたEFG法で成長した結晶のほかに、様々な成長方法で育成されたβ-Ga2O3結晶を評価し、成長方法に依存する欠陥の特徴を把握した上で、β-Ga2O3結晶の作製に最適な育成方法を見出すための指針を構築します。また、単結晶作製にとどまることなく、本手法をデバイスの評価に展開します。特に、非破壊かつ高速応答といったX線回折の特徴を生かし、動作中のデバイスにおける欠陥の挙動をリアルタイムで観察する方法を開発します。結晶開発に役立てるとともに、欠陥のデバイスに及ぼす影響とその機構を解明することで、β-Ga2O3パワーデバイスの高性能と高信頼性の同時実現に貢献します。