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本研究の

I【概要】

 近年、低炭素エネルギー社会の実現に向けて、現用のリチウムイオン電池に比べて、より多くのエネルギー貯蔵が可能であるポストリチウムイオン電池の開発が活発に進められています。その中の一つに、リチウムイオン電池の2倍以上のエネルギー密度が理論的に期待される全固体フッ化物イオン電池※1 があります。この電池では、電気の充放電の過程で、フッ化物イオン(F※2 が固体電解質(イオン伝導体)※3 の中を横断的に移動(伝導)します。しかし、電池の使用環境下でフッ化物イオン伝導度が高く、構造が安定な固体電解質は見つかっておらず、実用化に向けて、様々なフッ化物イオン固体電解質の探索や提案が行われています。
 以前の研究において、バリウムイオン(Ba2+)とカルシウムイオン(Ca2+※2を原子レベルで混合した(Ba,Ca)F2において、混合前と比較してイオン伝導度が飛躍的に上昇する現象が実験的に見い出されていました。この材料系は同じ価数の陽イオンを混合しているという点において従来のイオン伝導体の伝導度向上の方法とは異なるため、新たな材料設計指針を示している可能性がありますが、そのメカニズムは不明確でした。
 一般財団法人ファインセラミックスセンターは、京都大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所、東京大学と共同で、同じ価数の陽イオンを原子レベルで混合したフッ化物イオン固体電解質(Ba,Ca)F2における伝導度向上のメカニズムを理論計算により解明しました。
 本研究では、機械学習ポテンシャル※4を用いた分子動力学計算※5や点欠陥計算※6等の先端的な理論解析手法 を複合的に用いて、(Ba,Ca)F2におけるイオン伝導機構を調べました。その結果、(Ba,Ca)F2では、陽イオンのサイズの違いにより結晶内に生じた格子歪みの影響により、フッ化物イオンの伝導を媒介する点欠陥※7の濃度が著しく増大し、イオン伝導度の向上が引き起こされていることが明らかになりました。
 本研究により得られた知見は、新たな固体電解質の材料設計の可能性を提示しており、全固体フッ化物イオン電池を含む、持続可能な社会の実現に向けた次世代電池の材料開発に大きく貢献できるものと期待されます。

原子レベルで混合
フッ化物イオン欠陥濃度

図1 Ba0.5Ca0.5F2構造の模式図(左図)とフッ化物イオン欠陥濃度の温度依存性(右図)

II【本研究の詳細】

① 現状と課題

 リチウムイオンを用いた蓄電池は、電気エネルギーの有効利用を可能にし、スマートフォンやノートパソコン等のモバイル機器や、電気自動車、ハイブリッド車等に広く利用されており、現代社会に不可欠なデバイスとなっています。一方、低炭素社会の実現に向けて、より優れた蓄電池(ポストリチウムイオン電池)の開発が求められており、研究開発が盛んに進められています。本研究では、エネルギー貯蔵量の増加や安全性の向上が期待される全固体フッ化物イオン電池に着目しています。
 全固体フッ化物イオン電池では、充放電に伴い、フッ化物イオン(F)が固体電解質を介して正極と負極の間を移動して動作します。固体電解質中のイオン伝導度は、電池性能を決める重要な要素であり、電池の作動温度において高イオン伝導度(低い電気抵抗)を持つことが求められます。高イオン伝導度の固体電解質の設計戦略として、イオン伝導を媒介する点欠陥の量を多くする、もしくは点欠陥を移動しやすくするという方法があります。特に、前者の方策は従来から一般的に用いられており、母材に含まれる陽イオンに対して価数の異なる陽イオンを添加することでフッ化物イオン欠陥量を制御し、その結果として、イオン伝導度の向上を図ります。例えば、代表的なフッ化物イオン伝導体の一つであるフッ化ランタン(LaF3)では、+3価のランタンイオン(La3+)に対して+2価のバリウムイオン(Ba2+)を添加することで、電気的中性※8を保つために(不足するプラスの電荷を補うために)、+1価のフッ化物イオン空孔が生成し、イオン伝導度の向上に寄与することが知られています。一方、同じ価数でもイオンサイズが大きく異なるBa2+とCa2+を原子レベルで混合した材料系(Ba,Ca)F2において、イオン伝導度が飛躍的に向上することが、以前の研究において報告されています。混合前のBaF2とCaF2は、電池使用環境下で安定な化合物であるという利点を有しますが、イオン伝導度が低いため、フッ化物イオン電池の固体電解質候補にはなりませんでした。しかし、原子レベルで混合することで、固体電解質としての可能性を飛躍的に高めることができています。このような(Ba,Ca)F2で現れる振舞いは、イオン価数のバランスを崩すことでイオン伝導度を高くするという従来の材料設計指針に基づいて説明することはできません。本研究では、同価数の陽イオン混合によるイオン伝導度向上のメカニズムを理論的に解明し、材料開発に活かすことを目指しました。

② 研究内容

 本研究では、(Ba,Ca)F2における原子レベル混合によるイオン伝導度向上のメカニズムを理論的に解明するため、イオン伝導性能を示すエネルギー因子である活性化エネルギー※9と、その構成要素である欠陥形成エネルギー※9及び移動障壁エネルギー※9を、第一原理計算※10に基づいて、複数の計算手法を駆使して評価しました。(Ba,Ca)F2の組成としては、この混合系においてイオン伝導度が最も高くなるBa0.5Ca0.5F2を対象とし、BaF2とCaF2の場合と比較しました。
 本研究グループでは、結晶中の点欠陥の濃度解析技術を開発してきており、様々な条件下での解析が可能なプログラムを開発し、公開しています。今回、そのプログラムを用いて、点欠陥の一種であるフッ化物イオン欠陥の濃度の温度依存性を取得しました(図1右図)。この図の傾きより、各材料における欠陥形成エネルギーを抽出することができました。また、近年、研究開発が活発になされている機械学習ポテンシャルを用いた分子動力学計算をBa0.5Ca0.5F2に適用することで、統計的に十分な精度を確保したフッ化物イオンの拡散係数を取得できました(図2左図)。また、得られた拡散係数を温度の逆数に対してプロットした時の傾きより(図2右図)、活性化エネルギーを求めることができました。一方、陽イオン混合のないBaF2とCaF2については、イオン伝導度が極めて低く、分子動力学計算をそのまま適用することは困難です。よって、Nudged elastic band(NEB)法※11を用いることで、フッ化物イオン欠陥の移動障壁エネルギーを取得しました(図3)。以上の計算結果より、活性化エネルギーとその内訳を全て得ることが出来ました(図4)。結果の比較より、Ba0.5Ca0.5F2において、フッ化物イオン欠陥(格子間フッ化物イオンとフッ化物イオン空孔の対※7)の欠陥形成エネルギーの低下が、活性化エネルギーの低下、つまりフッ化物イオン伝導性の向上の主な要因となっていることが明確に示されました。このような振る舞いは、サイズの大きく異なる2つの陽イオン(Ba2+とCa2+)を混合することで生じた結晶内の大きな局所歪み※12によって引き起こされるものと考えられます。

平均2乗変位
拡散係数

図2 分子動力学計算によるBa0.5Ca0.5F2中のフッ化物イオンの拡散性解析

図3 BaF2とCaF2中のフッ化物イオン拡散の移動障壁エネルギーの計算結果
平均2乗変位
拡散係数

図4 フッ化物イオン拡散の活性化エネルギーとその内訳

③ 成果の意義および今後の展望

 これまで、固体電解質のイオン伝導メカニズムに関する理論研究では、移動障壁エネルギーの計算(点欠陥の移動のし易さ)に注目した研究がほとんどでした。今回の成果により、欠陥形成エネルギーの寄与(点欠陥の濃度)を定量的に評価することが、固体電解質におけるイオン伝導メカニズムを明らかにするための有力なアプローチとなることが示されました。これまではイオンの価数バランスを崩すことでイオン伝導度を高めるという方策が多くとられてきましたが、同価数の陽イオンを原子レベルで混合した材料系において、結晶内に生じた格子歪みに起因して、イオン伝導に寄与するフッ化物イオン欠陥の濃度が増大し、イオン伝導度が上昇することが明らかになりました。今回得られた知見は、新たな固体電解質の材料設計指針として材料選択の幅を大きく広げることが可能であり、持続可能な低炭素社会の実現に向けた、全固体フッ化物イオン電池や様々な次世代電池の材料開発に貢献できるものと期待されます。

論文情報

 本成果は2024年10月17日に英国王立化学会刊行の科学雑誌「Journal of Materials Chemistry A」オンライン版に掲載されました。また、本論文はHOT paperとして選ばれました。

タイトル:Point-defect chemistry for ionic conduction in solid electrolytes with isovalent cation mixing

著者:Takafumi Ogawa, Kazuyuki Sato, Kazuhiro Mori, Shunsuke Kobayashi, Hiroki Moriwake, Yuichi Ikuhara, Akihide Kuwabara

掲載誌:Journal of Materials Chemistry A

DOI:10.1039/D4TA05684A

謝辞

 本研究は国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のRISING3(JPNP21006)プロジェクト、文部科学省スーパーコンピュータ「富岳」※13成果創出加速プログラム「物理-化学連携による持続的成長に向けた高機能・長寿命材料の探索・制御」(JPMXP1020230325)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費(JP24K01173、JP22H05142、JP22H05146)、池谷科学技術振興財団研究助成(0361237-A)による支援を受けて実施されました。また、本研究の一部は、スーパーコンピュータ「富岳」の計算資源の提供を受け、実施しました(課題番号: hp230205、hp240224)。

用語説明

※1 全固体フッ化物イオン電池

 相対的にフッ化し易い金属材料を負極に、相対的にフッ化しにくい金属材料を正極に用いて、電極間の化学エネルギーを駆動力として電気エネルギーを取り出す(放電する)電池です。充電した状態では正極がフッ化、負極が脱フッ化しており、放電が進むにつれて、電気エネルギーを生む電子は外部回路を流れると同時に、正極材料から脱フッ化したフッ化物イオン(F※2が固体電解質※3を介して負極へ移動し、負極材料のフッ化反応が進みます。電気エネルギーを蓄えるとき(充電時)は、上記と逆のフッ化物イオンと電子の移動、電極反応が生じます。理論的に、リチウムイオン電池の2倍以上のエネルギーを蓄えられる可能性があり、この電池が実現されれば、蓄電池の軽量化や利用時間の長時間化が可能になります。また、全固体であり短絡しにくいため、発火の可能性の低い安全性に優れた電池として期待されています。

※2 イオン(フッ化物イオン、陽イオン等)

 原子がプラスやマイナスの電気を帯びた状態のものをイオンと呼びます。フッ素原子(F)が電子を一つ多く持ちマイナスの電気を帯びた状態をフッ化物イオン(F)と呼びます。また、電子を一つ失いプラスの電気を帯びたイオンを陽イオンと言い、マイナスの電気を帯びたイオンを陰イオンと言います。バリウムイオン(Ba2+)・カルシウムイオン(Ca2+)は、各々、バリウム(Ba)とカルシウム(Ca)が+2価の電荷を帯びている状態になります。

※3 固体電解質

 イオンが材料中で高速に動くことが出来る固体材料です。安全性に優れる全固体電池には必須の構成要素となり、材料中のイオンの移動し易さ(イオン伝導度)が重要な性能指標になります。陽イオンと陰イオンの組合せから成るイオン結晶性の材料が多く使われます。固体電解質は幅広く電気化学デバイス(次世代電池)に利用されています。例えば、リチウムイオン(Li+)を通すタイプの固体電解質は全固体リチウムイオン電池で利用され、酸化物イオン(O2-)を通すタイプの固体電解質は固体酸化物形燃料電池(SOFC; Solid Oxide Fuel Cell)で利用されています。

※4 機械学習ポテンシャル

 材料中の原子同士(イオン同士)がどのように影響し合うか(相互作用)を計算するための方法になります。特に、機械学習の技術を用いて、第一原理計算※10を用いて事前に用意した高精度なデータを学習し、未学習の構造データにおいて、精度を落とすことなく相互作用を予測することを特徴としています。

※5 分子動力学計算

 材料中の原子が時間の経過に従ってどのように動くかを、物理法則(ニュートンの運動方程式等)に則ってシミュレーションを行うことを指します。このシミュレーションにより、フッ化物イオン固体電解質におけるフッ化物イオンの移動量の時間変化を取得することができ、イオンの拡散係数及び活性化エネルギーを評価することができます。

※6 点欠陥計算

 フッ化物イオン欠陥等の点欠陥※7の安定性を第一原理計算※10を用いて評価し、電気的中性※8も考慮して、点欠陥の濃度を取得する計算になります。材料が置かれた温度等による環境の影響を系統的に調べることができます。本研究グループで開発したpythonプログラム(pydecs: https://gitlab.com/tkog/pydecs)を用いて解析を行いました。

※7 点欠陥(フッ化物イオン欠陥、フッ化物イオン空孔、格子間フッ化物イオン等)

 結晶性材料において生じる孤立した状態の原子的な欠陥(完全結晶からの乱れ)を点欠陥と言います。陽イオンとフッ化物イオンから成るイオン性結晶中のフッ化物イオンが1個欠損し、プラスの電荷を帯びた状態をフッ化物イオン空孔と言います。一方、結晶の隙間部分に過剰なフッ化物イオンが侵入し、マイナスの電荷を帯びた状態を格子間フッ化物イオンと言います。これらのフッ化物イオンに関する点欠陥を合わせてフッ化物イオン欠陥と呼んでいます。

※8 電気的中性

 陽イオンの総電荷量と陰イオンの総電荷量が等量となり、電気的にバランスしている状態を、電気的中性の状態にあるといいます。電気的中性は、それが満たされていない状態はエネルギー的に不安定であるため、イオン結晶性の材料が満たすべき基礎要件になります。例えば、母材の陽イオンの価数より低い価数の陽イオンを添加した(一部を置き換えた)場合、陽イオンの総数が全体的に減るため、陰イオンの欠損が自発的に生成して陰イオンの総数を減少することで、電気的中性が保たれます。

※9 活性化エネルギー(欠陥形成エネルギー、移動障壁エネルギー)

 活性化エネルギーは、固体電解質において点欠陥(イオン)が移動(伝導)する際に、乗り超える必要のあるエネルギーに対応します。活性化エネルギーが低いほど、イオンの伝導が容易であり、伝導度が高くなる傾向があります。活性化エネルギーは、欠陥形成エネルギーと移動障壁エネルギーの和で構成されています。欠陥形成エネルギーは、材料中に点欠陥※7を生成する際に必要となるエネルギーになります。これが低いほど点欠陥の生成が容易であり、イオン伝導に寄与する点欠陥の濃度が増える傾向にあります。また、移動障壁エネルギーは、材料中の一つの位置にある点欠陥が隣の位置に移動する際に乗り超えるべきエネルギーに対応し、これが低いほど点欠陥が移動しやすい傾向にあります。

※10 第一原理計算

 材料を構成する原子・電子の振舞い(エネルギーや原子位置変化等)を物理法則(量子力学)に則って計算する方法になります。

※11 Nudged elastic band(NEB)法

 材料中の点欠陥※7が隣の位置へ移動する際に、どのような経路をたどるかを見つける遷移状態探索の方法の一つになります。この結果から、移動障壁エネルギーを求めることができます。

※12 (Ba,Ca)F2の結晶内の大きな局所歪み

 (Ba,Ca)F2結晶内の原子配列について、X線回折実験からは大きな配列の乱れは検出されていませんが、最近、中性子回折実験により、陽イオン及びフッ化物イオンの原子配列が大きく乱れていることが明らかにされました。詳細は、以下のプレスリリースに記載されています。「原子配列の乱れをもつフッ化物イオン導電性固体電解質のイオン伝導メカニズムの解明」(2024年9月6日発表)
https://www.kek.jp/ja/press/202409061400

※13 スーパーコンピュータ「富岳」

 スーパーコンピュータ「京」の後継機として理化学研究所が設置し、2021年3月から共用を開始した計算機です。2020年6月以降、世界のスーパーコンピュータに関するランキングにおいて、4部門で4期連続1位、うち2部門で9期連続1位を獲得するなど、世界トップレベルの性能を持ちます。

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一般財団法人ファインセラミックスセンター
ナノ構造研究所 計算材料グループ 小川貴史
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<報道に関するお問い合わせ先>

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京都大学 渉外・産学官連携部広報課 国際広報室
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